合否-20th-大学受験デイズ-GIFT-大学受験の日々
2月の後半。僕は東京のホテルの10階の部屋にいた。
MARCHの試験を終えて、残るは早稲田の入試ただ一つとなっていた。
この日、目が覚めたのは午前9時。
そのままなんとなく机に向かったりしながら、今日までやってきた参考書を眺めていた。2時間くらいして、備え付けの木製の机から窓の方へと進む。
窓から見える景色の半分は、隣の建物のコンクリートが遮っている。灰色の壁は、その固さを窓越しにも伝えてきた。
残りの半分のスペースから、東京の街を眺める。
高層ビルディングは、澄んだ午後の空へと突き刺さり、黒い鳥がそれを横切るように羽ばたいている。
太陽がその建築物の輪郭を金色に光らせていた。
窓の半分は向こうの壁。
残りの半分は壁の向こう側。
どちらを見るのかは自分で決めるものなのだろう。選択していくことは、永遠に無くならない。
ipodから曲を選んでかける。
両耳のイヤホンから葉加瀬太郎のEverlasting Dreamが流れた。
ずっと醒めない夢が、もしかしたら、この街にあるのかもしれない。
冷めることのない情熱が、自分の中から見つかるかもしれない。
いつしか受験そのものではなく、受験の向こう側を意識し始めている自分がいた。
羽ばたいていた黒い鳥は、もう空の向こうにまで進んでいる。
唐突に携帯にメールが届いた。
何も考えずに開く。
姉からだった。
「合格通知が今届いたよ!!!オメデトウ!!!!!」
!!!
この瞬間、一つの達成を経験した。
ずっと追いかけていたもの。
ずっと欲しかったもの。
自分ひとりの力ではない。
周りの人の力を借りながら、たくさん支えてもらいながら、なんとか、なんとか手に入ったもの。
心に広がった感情は、感謝だけだった。
惰性に満ちた自分を叩き直してくれたすべての出来事にさえも感謝した。
苦い記憶も辛い記憶も、達成のカタルシスが、一つの感動へと変えていく。
苦い経験は甘さを知るためには必要なものだと悟った。
解放感は、それを得る1秒前の世界までのすべてを変えてくれる。
自分が受け入れることのできる存在へと昇華させてくれる。
涙は一滴も出なかった。
不思議と、周りのすべてに感謝する気持ちだけが、僕の中にあった。
『ありがとう!!!またあとで。』
短く渇いた返事の中に、支えてくれた家族へのありったけの感謝を込めた。
感謝を伝えたい人は、まだまだいる。
でも、それはすべてが終わった時に、伝えよう。
そして、自転車の彼女には、直接伝えよう。
付き合って下さいの言葉と一緒に。
そして、早稲田の入試当日になる。
この日は朝から風が強かった。
太陽の光は眼を眩ませる程に強い。網膜が刺激される。
この時、安定余裕率という言葉を、以前本で読んだことを思い出した。
安定余裕率が高ければ高いほど、次のチャレンジでリスクを取れる幅が広がるというものだ。リスクを取れる幅が広がるということは、それによって得られるリターンも比例して高くなる。世界は常にリスクとリターンで構成されている。リスクがゼロのものはなく、一見して存在しないように見えても、時間というマテリアルを消費している。
余裕が生まれたことで、緊張感なく、ぶつかって来れる。
自分の全部を出し切れる。
試験会場へと歩く最中、風は時に僕の背中を押し、時に僕を遮ったりした。
大切なことは、その風がなくとも到達できる力と、その風をいなせる柔軟さなのかもしれない。
入試が始まる少し前に席に着く。
既に試験監は数名集まっており、試験用紙を配り始めている。
席について腕時計を確認した。
時計は止まっている。
(…?!)
時計をぱんぱん叩く。
時計は全く動かない。
(止まってんじゃねぇ!!!)
今思い返してみても、とても不思議な気持ちになる。
なぜ、あの時に時計が止まったのか。
なぜ、最終日に、動くことをやめたのか。
理由は今もわからない。
ただ覚えているコト。それは、焦りに焦りまくった僕は、係の人に大急ぎで事情を言って、購買まで一緒に駆け抜けて行き、そこで古い時計を1000円で買ったことくらいだ。
(みんなも時計だけは注意してください。
端から紙が配られ始めていてかなり焦りました。)
戻りながら、今までで最速のスピードでビニール袋を破り、時計を取り出す。
この袋には切れ目が入っていない。
ゲーセンの景品かなにかじゃあるまいし。
雑念を振り切り、息を切らして教室に戻る。
間に合った。
シャーペンの芯を確認し、心と体を落ちつける。
最後の最後まで気を向くなという啓示であろう。
そして、最後の試験が始まった。