溜息-16th-自然と湧き上がるもの・感情を開放するということ・革命前夜の気持ち
「久しぶりだね。」
『だね。今日もマジ寒いよね。』
当たり障りのない言葉を選んでいたと思う。
白いコートの上着に、バーバリーチェックのスカートだった。以前と比べて自転車の彼女は少しだけやつれて見えた。
歩きながらいつもと変わらない会話を交わす。
その日は映画を観に行くことになっていた。上映まで時間があり、彼女はアクセサリーが見たいというのでデパートに入る。
店の中で色々見ると「結構高いんだね」と苦笑いをしていた。高校生だったこともあり、1万円を超えるものがすごく高く感じた。
それから何も買わずに店を出て、映画を見て、プリクラを撮って、ご飯を食べる。日も暗くなって来たときに、駅のロータリーで彼女に待っていてもらった。
『寒いしなんか買ってくるからちょっと待ってて。』
「え、大丈夫だよ」
『いいからいいから。』
「ってかここ結構寒いよ。」
笑いながら待っていてもらう。
しばらくしてそこに戻り、ベンチに座った自転車の彼女に『手、貸して』と言って渡す。
あの時はなんとなく驚かせたかったからかもしれないし、元気になって欲しかったからかもしれない。
できることをしたくて、さっきの店で見ていたアクセサリーの箱を渡した。
緊張していたから顔をよく見られなかったが、何か色々言っていた。
それから、とてもよく笑うようになってくれたから少しは成功したのかな、と思いたい。
帰り道は、夜も遅くなっていたので家まで送って行く。
「今日はありがとう。凄い楽しかったよ。」
歯を見せて笑う表情はいままでと変わらない。
彼女の家の庭にはたくさんの花が咲いているのが目に入った。
それを少し眺めていると、
「あれ、凄いたくさん咲いてるよね。」と彼女が言った。
冬に咲いていたのは紫のパンジーや赤いグラジオラスだ。
「庭はいつもお父さんが育てていたんだ。」
沈黙になる。
ふいに彼女はボロボロと泣き始めた。
「こんなことになるなんて思ってなかったよ…」
手をひいて、すぐそばの公園で休ませる。
彼女が泣きながら感情的に話している間、黙って聞いていた。ただただ聞いていた。無力な自分にできることは、あの時それしかなかったから。
泣きやんだ彼女の手を再び引き家に向かう。
「ホント変なとこ見せてごめんね。」
目を腫らしながらいつもの表情に戻っていたことを確認して、ドアが閉まるのを見届けた。
引いた手の感触は、冷たい風にさらされても尚、残っていた。
自分の家に帰宅すると、メールが届く。
メールには、今日はありがとうの言葉と、親戚の家でしばらく暮らして病院に行くため卒業までは学校に行けないかもしれない、勉強の邪魔にならないように時々電話してもいいか、そんな内容が書いてあった。
『もちろん、大丈夫』の返事をすぐに返す。
あの時は、彼女の現状を変えてあげられない無力な自分に苛立った。痛いほど気持ちは伝わってきているのに、変える力を持たない自分。
そして、人の何かを変えたいと思うことがおこがましいとわかっていながらも、その劣等感は行き場を失い、自分の中に蓄積した。
再び彼女と会うのは、すべての試験が終わった3月になる。
時間は流れ、鬱めいた気持ちは新年の始まり共に、徐々に変わっていった。自転車の彼女も電話の向こうから回復しつつある気配を感じさせてくれた。
相手が誰であれ、溜息を変えられることができるなら、人は動きたいと思うのではないだろうか。
志望大学生から、こんなメールが届く。
「昔の人の革命前夜の気持ちって考えたことある?俺も未だに考えるよ。ケイも考えてみるといいかも。」
誰かの為に動く気持ち。
何かを変えていきたい強烈な気持ち。
強制するものが何もなくとも、その気持ちが湧き上がるならば、今も昔も変わらず人に備えられた自然なことなのかもしれない。そして時代に関係なく、超えるべきことも。
僕も、彼女も、今与えられた試練を超える必要があった。