機会-12th-覚悟の度合い・環境や事情・就職・MARCH・早慶・勉強法・大学受験
11月に入り、明け方の息も白くなった頃、学校のクラスでは誰がどの大学を受験するのか、そんな話題で持ちきりだった。
日東駒専・大東亜帝国・関関同立・MARCH・早慶・そして国立。
行きたい大学、挑戦する大学、合格できそうな大学。
人によってその意味合いは異なるだろう。
どの大学であっても10年後に、その時の気持ちが自然と彷彿されるのであれば、誰も否定はできない。
自分は早稲田政経とMARCHを受験校に決めた。
偏差値はさらに上がっていたものの、まだ早稲田は挑戦校の意味合いが強かったと思う。
早稲田はオープンキャンパスで大学の雰囲気を感じ取っていたこともあるが、MARCHを決定つけたのは、もちろん大学生とのやり取りだ。
東京に対する憧れや、熱い気持ち、そして信念に裏打ちされた言葉とクラッチバッグ。
数えればキリがないほどの要素が、自分の気持ちを受験大学に集めた。
太陽光をレンズで一点に集めると燃えるように、目標を突破することをイメージした。
少しでも未来への気持ちが揺れたら敗ける。
敗けないためにすべきことは、自己規律に基づいて毎日を計画的に過ごしていくことではないだろうか。
あれから、自転車の彼女は、家の都合ということでしばらく学校を休む日が続いていた。
心配になってメールや電話で様子を聞いた時は、いつもと変わらない明るい声だった。
でも本当はとても大変なことが彼女の家庭であった。
自分は事情をすべて聞かせてもらっていたのだけれど、もうそこは触れてはいけないテリトリーだと思い、その話題については極力、距離を置いた。
2週間ぶりに彼女が学校に来た。
その日の授業中にメールを送り、放課後一緒に帰ろうと誘った。
二人で自転車を押して歩きながら、少し遠回りをして帰る。
空は太陽が西に傾いていて、雲がとても赤く見えた。
川が流れている小高いサイクリングロードがあったので、そこに登り、芝生に二人で座る。
会話はいつものようになんでもないことから、将来のことなど。
ただ、この日はどことなく空気が違った。
「受験の方はどんな感じ?」
『まあまあだよ。それよりも大丈夫か。』
「うん、ダイジョウブ。ありがと。」
長い沈黙になった。
彼女が口を開く。
「大学とか行けたらすごく楽しいよね、きっと。」
「私もね、本当は大学に行きたかったよ。青学に行ってみたかったな。ムリだろうけど。」
口もとだけ笑っていた。
「このまま地元に残って専門に行くつもりだよ。それで、地元に就職して、いつか結婚して家族を持って・・・。平凡な将来かもしれないよね。」
『そんなことないよ。』
「ううん。でも、それでもいいって思ってる。」
そう言葉を放った時の彼女の顔には、覚悟がにじみ出ていた。
あの澄んだ眼に、オレンジの夕日が強く反射していた。
彼女はそれからしばらく黙っていた。
風が吹く。空の色はこの瞬間にも変わっていた。
彼女がふいに
「ケイ君は、チャンスがあるじゃない?だからそれを使って、目標を掴んで欲しいよ。」と言って、両手でグーを作ってみせた。
いつもと変わらない笑顔で。
いつもと変わらない声と一緒に。
いつもと違った未来を垣間見せた後で。
多分きっと、人には与えられたチャンスを持つ人と、持たない人がいるんだと思う。
そのチャンスがすぐ手の届くところにありながら、それに気がつかないで逃がしてしまう人。
そのチャンスをどんなに欲していても、環境や事情から手に入らない人。
もし自分のチャンスを理解していたら、その希少性を意識できているなら、それを掴み取るべきじゃないだろうか。
それから僕たちはオレンジと青が混ざり合い色が変わった空の下を歩いてお互いの家に帰った。
彼女は翌日から再び学校にあまり来られなくなった。
今の自分にできること。
彼女のためにできること。
あの時はそればかり考えていたと思う。
『機会があらゆる努力の最上の船長なり』
ソポクレス

