よく人生は長距離でコツコツ走るのと同じような比較をされる。
今はなんか負け続きの人生だけど20代中盤まではそんなに酷い負け方してたイメージがなかった。
確かに辛いことや苦しいことが多かった思い出もあるけどいいことも今では直ぐに思いつく。
勉強も全国模試とかかなりいいほうだった記憶もある。
スポーツもよく出来たし何より健康だった。
何故そうであったか思い出せないが努力というよりは先天的なものが大きかっただろう。
もちろん努力もいろいろしていたと思うが、やっぱり努力や苦労は今の方がしている。
こんな苦労や努力をこの年になってもしているとは若い頃は想像もできなかった。
しかし、人生を長距離走と考えるとまだ考え方によっては折り返し地点に立ったばかりと考えてもいい。
前向きなことをいえばいい年をしているがもっと走り始めたばかりくらいに考えてもいい。
世間一般ではもしかしたらラストスパートをしないといけない時期とも言われるかもしれない。
どこに人生のゴールを持っていくかではっきり言って今の自分の位置はいくらでも変わる。
そしてスピードだが今の苦労や努力や苦悩は将来に生きるようにしていればもししたらいいのかもと思う。
子供の頃の勉強と今する勉強ではなんとなく質が違う。
よく言うのが机上の勉強よりも社会という場での勉強はものが違うという。
学校の机上の勉強は確かにできたが、社会という場の勉強はおそろかだったのか知らないけどマダマダだと思う。
いろいろ知らないことが多く、自負できることも少ない。
これほどまでに壁が厚く、大変なのかといつも思う。
長距離走としてコツコツやっていくしかないのだが、自分はうまくできるのだろうか?
ちなみに私は子供の頃から足は早い方だったけど短距離よりも長距離の方が得意だった。
ただ、長距離が得意で好きだった理由が修正が聞くというところだけ。
スタートに遅れても修正をしてスピードを乗らせる。
途中でペース配分を間違って疲れても諦めなければ最後まで走れる。
ここまで書いていて人生に置き換える事できるんじゃないか?って思い出した。
意外と難しい人生だが、修正はいくらでもしていいしゴールまでは諦めなければ完走どころか順位に満足することもできる。
ただ、今までの自分の長距離人生であまりない経験として先頭集団や中盤にいないという点だ。
はっきりいって年齢に対しての所得も貯蓄もきっとものすごく低い。
人は想い出だけでは生きていけないという言葉がある。
想い出は確かに華やかだしいいものが多いかもしれない。
でも生きるには本当には必要ではない。
今のことだけを考えたら未来と現状の辛さしかない。
後ろから数えた方が早い人生だが、自分のコースをしっかり決めていけばまだ間に合うんじゃないかなと思う。
日本人の中で競争したら、人口推移表を見ると私はマダマダ若い方になる。
30代半ばなんて昔だと一番脂ののった仕事の中心選手だった。
今は若者の人口が減っていることとゆとり世代の離職率などが相まって30代半ばでも十分若手になる。
もう寄り道をせずに最短距離でいかないとなと思う今日このごろです。