しつこいようだが生き残りレースで最後に言いたいことを言ってみる。


私がこのレースと感じたのはアンディのことからだ。


アンディというとアンディ・フグもそうだが一番大きなアンディはアンディ・アイアンです。


彼は正直好きじゃなかった。


アンディのこと全然知らないのに勝手に好きじゃないイメージがついていた。


理由は簡単。


ケリー・スレーターが好きだと勝手にアンディが悪者になってしまう。


ケリーをパーフェクトに倒せるサーファーと言えば一時期はアンディだけと言われていた。


実際にアンディは私の好きなハワイの出身だし、私と同じ年齢で本来なら嫌いになるタイプの人じゃない。


でもケリーの応援をしているとどうしてもアンディが好きになれなかった。


ケリーのビデオを見てもわかるようにこれはマスコミが勝手に騒いでいることなのかもしれない。


ケリーが炎ならアンディは氷というようにイメージを作るのだが何故かケリーのイメージはいいイメージが多い。


よって必然的に対象であるアンディのイメージが悪くなる。


サーフィンを見るには対象でもなんでもないと思う。


お互い波乗りが本当に好きな体のでっかい子供だ。


そんな彼がこの世を去ったのを知ったのはアンディが亡くなってから随分経ったあとだった。


当時の私はサーフィンをいろんな事情で控えていて、サーフィンの情報も断っていた時期だった。


だからといっても私のサーフィン人生の中でも欠かせない要素であるアンディが亡くなったのを知ったのが遅いのは不思議な因果であるとしか思えない。


ちょうど私がサーフィンを控えていた時期に同じ年の人間がなくなるなんてという衝撃と、世界一のサーファーにもなっている彼がサーフィン以外のことだが死んでしまったのがとてもショックだった。


彼は当時でこそすごいサーファーだが、多分生まれたときは私と何ら変わらない子供だっただろう。


保育器の中で見たらきっとお互いがこんな人生を歩むとは誰もが想像できないだろう。


しかし同じ年齢なのできっと同じように成長して恋をして苦しんで悩んできただろう。


32歳のときに彼はなくなってるようだが、私も32歳のときなくなっていてもおかしくないだろう。


いや今私が生きていること自体が奇跡だろう。


人はいつ死んでもおかしくないし、今の世の中いくら平和といえど死の要素はいくらでもある。


小学校のときすごく仲が良かった友達がいた。


中学の部活も一緒だった。


想い出深いのは彼が小学校5年になって体が成長して学校で一番力のある子になったときだ。


それまでは目立った存在でなかった彼が急に目立ちだし不良の格好をしだしてつっぱりだした時があった。


本当に悪い奴らもいっぱいいたが彼はそうではないのに不良の友達から人気がでた。


しかし私は知っていた。


彼がそんな不良ぶったものを求めていないことを。


彼は転校生だったが、転校初日大泣きしていた。


不安だったと思うし、人見知りが究極だったのだろう。


私は優しく声をかけた覚えもあるし、彼と何故かすごく仲良くなって不良の欠片もない楽しく冗談やおちゃらけで話す間柄だった。


大勢に囲まれていた私に対して彼はどちらかというと友達が多い方でなかった。


でも決して大勢でつるもうとせず、いつも控えめだったけど私との友情を大事にしてくれた。


そんな彼が不良の友達を多くつくりいつの間にか控えめの友達と疎遠になって行った中学生の時一度聞いたことがある。


それは私に直接話したわけではないが聞こえてしまったことだ。


「俺は本当は目立ちたいし友達も多く欲しい。不良ぶってモテるなら不良ぶる。おとなしい友達とつるんでいてもモテないし目立たないってのはわかった。」


なんて言っていた時に私はすごく悲しかった。


実はその前に私も不本意ながら彼を傷つけることを言ったのだが、この言葉を言っているのを聞いたとき小学校のときの思い出がぶわっと湧いてきた。


以来彼とはほとんど口を聞かなくなった。


私は不良の友達とつるむのが好きでなかったし、どちらかというと自分の中学校の不良は幼い気もしたし正直喧嘩も弱く信念もないので一線をおいていた。


しかし彼はそういう友達を集めては中学時代の青春を謳歌していた。


高校へ進学した時に彼は根のおとなしさと真面目さゆえ不良から足を洗ったが残った友達はほとんどいなかった。


私は友達として心の奥ではいつまでも仲良くしたかったが彼の願望的には不良の友達が最後まで欲しかったのだろう。


そして彼は風の噂だと20の時に亡くなったそうだ。


私は彼の葬式にも言っていないし、彼が亡くなったということも信じられない。


でも小学校から中学へあがる数年だけ彼とは本当の友達だったと思う。


彼がレースから降りて早15年近く経つだろうが彼と仲が良かった頃の7~8年を倍以上超えている。


私は彼のレース後のバトンを受けていないのだがこのまま走り続けるのかな?


そんな2人の同じ年齢の仲間が亡くなっていくのを思い出しながら今宵の夜空を見上げてみた。


夜空は幼い頃に見たままに星がまたたき雲がある。


変わったのは星と私の距離が60センチくらい近づいただけ。


よく人がなくなると星になるというが、友達や同じ年に生まれた仲間は何人が星になったのだろう。


きっと私が少し足を伸ばせば会えた人や、数時間タイミングがずれたばかりに会えなかった人がいくらでもいるだろう。


その中でもそのチャンスを逃したばかりに一生会えない人も多くいただろう。


私が今この瞬間に死んでしまえばその人たちと会える可能性は0%になる。


でも生きていれば可能性はわずかでも0%にはならないと思う。


今後僅かな可能性を持ってもしかしたら私が会えたことにより人生が明るくなるのであればと思うこともあるかもしれない。


生きていれば可能性は0%じゃない。


そしてまだ見ぬ未来の出会いに私が本当に生きていてよかったと思える人がいるかもしれない。


まぁいろんな裏切りや絶望を経験しているのでそんな人を期待するのが辛いのだが、人生って本当に何が起きるかわからない。


僅かな可能性にかけてみようかなと思う今日このごろです。


そして私の知り合った人や私と同じ年齢で親近感のある人、広く言えば私が一方的に知っている芸能人などもそうだがその方で亡くなっている方のご冥福をお祈りします。


ちょうどお盆もあってそういう心境になった今日このごろです。


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