ぶっちゃけサッカーが今でも好きだ。

結構テレビに張り付いたりするほど。時にサッカーゲームでも勝ちを譲らないほど。
でもこれはもう諦めた世界でもある。









また再び中学の頃に戻る。





中学の頃から頭のネジが抜け、
ひねくれていたからして、
ひょんな事で性格をこじらせた。









当時、学校の顧問に遅刻の回数を減らせば
ベンチ入り?レギュラー入り?
忘れてしまったが、検討することを約束した。











曲がりなりにも遅刻数を減らし、
練習もしっかりやっていた。




骨折や膝の肉が割れてしまった時も
ちゃんと練習には出るようにしていた。








そんなこんなで迎えた最後の大会…











僕の席はピッチに無かった。








ピッチ横の椅子にすら無く、
同じチームのユニフォームさえ、
着ることを許されなかった。









至極当然のように、
関西(大会)に行けば、メンツを変えられる。
そこで出す。と顧問。






関西(大会)には絶対行く!
俺が連れてく!と意気込む同級生。









その前の大会の2年次の秋大会では
県優勝と結果を残している。
そして、当時の県選抜を任される顧問と
当時の同級生は県選抜1人、
地区選抜4人ほど…







悔しいけど、顧問もチームメイトも
信頼するには十分の実績であった。









だけども、
僕のスパイクは白線をまたぐことはなく、
僕の体にユニフォームの袖を
通すこともなかった。











それは誰でも無く、自分の実力のなさであろうに
出場者から顧問から何から呪っていた。










そして、高校でようやく遅刻数が減るようになっていた。