。 しかし、麥風のキャリアで重要なのは『大日本魚類画集』を手がけたことだ。 当初は水族館で魚を観察していたが、やがて海の中で泳ぐ魚を求め潜水艇に乗り込み、間近で観察し始めた。 近年、一般にはほとんど知られていない物故作家を紹介する展覧会が相次いでいる。鱗の模様などを細やかに描写するとともに、生息環境をも正確に描き出した。
潜水艇に乗り込み観察。大正8年の第1回帝展には日本画で入選した。専門家によると、スズキと一緒にいる魚だという
(渋沢和彦)。右下にはカゴカキダイ。“魚の画家”といわれた大野麥風(ばくふう)が描く緻密で色鮮やかな魚の姿は、見る者を自然に絵の中へと引き込んでしまう。 ◇。 ギョロリとした目で悠然と泳ぐ「スズキ」。無数の細かい鱗(FF14 RMTうろこ)が執拗(しつよう)に描かれている。 麥風は柧─巧蓼臁⒀蠡蜓Г螭馈O陇ⅳ搐护訾看螭士凇⒋螭陇蓼筏け长婴臁y白色の腹
20代前半には当時の画壇の重鎮だった黒田清輝(1866~1924年)らが活躍した白馬会展などに入選。確かに、野に吹く風の様子がリアルに描かれた「夕立」やパラオのヤシの木やエキゾチックな建物を描いた「南洋諸島」は、油彩の重厚な風景画よりも自由闊達(かったつ)で才能の片鱗(へんりん)を見せつけている。柧kにある柧━攻譬`ションギャラリーでいま開催中の展覧会も、美術関係者にさえ知られていない画家を特集している。浮世絵に興味を持っていたことなどから20代後半には日本画に転向。“魚の画家”といわれた大野麥風(1888~1976年)の作品だ。海水魚だけではなくドジョウやメダカといった川魚も、色鮮やかに生き生きと描写した。その原画を担当したのが麥風だった。500部限定の木版画集で、昭和12年から19年まで6期に分け、12点ずつ計72点を刊行した
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