治験の日々の中で考えた その2 闘いのパートナー | 乳がん・ステージⅣ・トリプルネガティブ・余命5年未満。でした。

乳がん・ステージⅣ・トリプルネガティブ・余命5年未満。でした。

生きよう、楽しもう、幸せになろう。
私たちは、がんに関わる全ての人たちとつながりたい。

治験のスタートとともに、相続財産の争いも始まりました。

母が亡くなってから、半年がたっていました。


末期がんの治療を始めたことは、偶然にも?時を前後して、他の相続人に伝えていました。



調停を申し出たとでも言えば、私が怖気づいて、相続財産を辞退するとでも思ったのでしょうね。


確かに、こういう体験は初めてです。が、今までのように暴力で押さえつけられることも、威嚇されて結果を自分の良いように捻じ曲げられることも、公の場ではないだろうと思ったので、受けてたつことに決めました。


夫は争い好きのくせに、民法の知識は皆無に等しいので、何かを相談することも出来ません。ですから、一緒に戦ってくれるパートナー、つまり代理人が必要だと思いました。


1回目の調停は、8月半ばと知らされていました。それまでに、できれば代理人を立てたい。弁護し探しの始まりです。




でも、これが!なかなか大変でした。夫の仕事の関係で、知己の弁護士にあたってみることにしました。結果、一人は「奥さんは美人だから、仕事が出来るかどうか自信がない」

などと法曹界のプロらしかぬ理由で断られ、もう一人は、調停ごときにふさわしからぬ着手金を要求され、さらにもう一人は、双方の日時の都合がつかず、アウトです。

あまりに敷居の高い弁護士に、腹立たしい思いをしたこともありました。



そうこうしているうちに、2ヶ月がたち、未だ弁護士求めて三千里の状態。


治療は、昨日もブログりましたが、順調に腫瘍は縮小しつづけており、ひとまず弁護士探しで奔走しても大丈夫かな、と。しかし、こうも空振りだと、不安になってきます。



自分が求めるもの、自分が訴えることが全然相手に、対象に、伝わっている気がしない。

なんとなく、自分と時空軸がずれていると感じ始めた頃でした。





そうして、とうとう調停の日を迎えました。代理人なしです。夫に家裁に連れて行ってもらいました。調停人と話ができるのは、相続人だけです。

全く顔を合わせたくないと事前に伝えていたので、他の相続人に会うことなくすんだのは、良かった。

でも、良かったのはそれだけでした。



調停人が全く、私の話を聞いてくれない。何も伝わっていない。

一方的に他の相続人の話を私に伝え、さらには私を強欲呼ばわりさえしたのです。

悔しくて、涙が出そうでした。



完全に、私は、私を取り巻く時空から置き去りにされている、と感じました。


胸糞悪い調停人をやりこめられるのは、やはり弁護士しかいない、弁護士を見つけよう。それと同時に私は、私自身を時空の中心に据え直さなければならない、と思いました。




心を静かにして、弁護士会のサイトで一人ひとり弁護士をチェックしました。私がこの人だ!と思った弁護士に、アクセスしました。結果、あたり!でした。

写真を見て、紹介文を読んで、直感で選んだ、と伝えると、その弁護士さんには、苦笑いをされましたが。

現在、いい仕事をしてくれています。




自分自身については、瞑想を始めました。大そうなことではありません。深呼吸をし、心を静かにするだけだから。そして、自分が中心にいることをイメージする。

その分野の本をたくさん読んで、何が自分にあっているのか、研究し始めました。




8月が終わろうとしていました。


腫瘍が、物申すといわんばかりに、変化を起こし始めたのはこの頃でした。