治験のスタートとともに、相続財産の争いも始まりました。
母が亡くなってから、半年がたっていました。
末期がんの治療を始めたことは、偶然にも?時を前後して、他の相続人に伝えていました。
調停を申し出たとでも言えば、私が怖気づいて、相続財産を辞退するとでも思ったのでしょうね。
確かに、こういう体験は初めてです。が、今までのように暴力で押さえつけられることも、威嚇されて結果を自分の良いように捻じ曲げられることも、公の場ではないだろうと思ったので、受けてたつことに決めました。
夫は争い好きのくせに、民法の知識は皆無に等しいので、何かを相談することも出来ません。ですから、一緒に戦ってくれるパートナー、つまり代理人が必要だと思いました。
1回目の調停は、8月半ばと知らされていました。それまでに、できれば代理人を立てたい。弁護し探しの始まりです。
でも、これが!なかなか大変でした。夫の仕事の関係で、知己の弁護士にあたってみることにしました。結果、一人は「奥さんは美人だから、仕事が出来るかどうか自信がない」
などと法曹界のプロらしかぬ理由で断られ、もう一人は、調停ごときにふさわしからぬ着手金を要求され、さらにもう一人は、双方の日時の都合がつかず、アウトです。
あまりに敷居の高い弁護士に、腹立たしい思いをしたこともありました。
そうこうしているうちに、2ヶ月がたち、未だ弁護士求めて三千里の状態。
治療は、昨日もブログりましたが、順調に腫瘍は縮小しつづけており、ひとまず弁護士探しで奔走しても大丈夫かな、と。しかし、こうも空振りだと、不安になってきます。
自分が求めるもの、自分が訴えることが全然相手に、対象に、伝わっている気がしない。
なんとなく、自分と時空軸がずれていると感じ始めた頃でした。
そうして、とうとう調停の日を迎えました。代理人なしです。夫に家裁に連れて行ってもらいました。調停人と話ができるのは、相続人だけです。
全く顔を合わせたくないと事前に伝えていたので、他の相続人に会うことなくすんだのは、良かった。
でも、良かったのはそれだけでした。
調停人が全く、私の話を聞いてくれない。何も伝わっていない。
一方的に他の相続人の話を私に伝え、さらには私を強欲呼ばわりさえしたのです。
悔しくて、涙が出そうでした。
完全に、私は、私を取り巻く時空から置き去りにされている、と感じました。
胸糞悪い調停人をやりこめられるのは、やはり弁護士しかいない、弁護士を見つけよう。それと同時に私は、私自身を時空の中心に据え直さなければならない、と思いました。
心を静かにして、弁護士会のサイトで一人ひとり弁護士をチェックしました。私がこの人だ!と思った弁護士に、アクセスしました。結果、あたり!でした。
写真を見て、紹介文を読んで、直感で選んだ、と伝えると、その弁護士さんには、苦笑いをされましたが。
現在、いい仕事をしてくれています。
自分自身については、瞑想を始めました。大そうなことではありません。深呼吸をし、心を静かにするだけだから。そして、自分が中心にいることをイメージする。
その分野の本をたくさん読んで、何が自分にあっているのか、研究し始めました。
8月が終わろうとしていました。
腫瘍が、物申すといわんばかりに、変化を起こし始めたのはこの頃でした。