吉川英治『三国志』を4月から読みはじめて
ようやく「赤壁の巻」まできた。
(読むのが遅いんです・・・活字は苦手でして・・・あせ

ところで・・・(あくまで吉川「三国志」のみを読んでの感想)

孔明はなぜ「蜀」だったんだろう?
他の人たちは自然に納得の出会いが描かれている。
桃園の誓いでの関羽と張飛はいうまでもなく
超雲子龍はあった瞬間にお互い一目惚れみたいな描き方だったし
徐庶は司馬徽に言われて劉備に仕えたが別れる時にはそれこそ恋人のようだった。
(あのくだりには「えぇそんなにはてなマーク」って男と男の妖しい関係を連想してしまったあせ

でも、孔明の時に関しては「三顧の礼」という言葉が日本でも使われる程
有名はお話だったのでちょっと楽しみにしてたんだけど意外にあっさりしてて
劉備側が孔明が欲しくて×3涙流して訴えたら受け入れてくれた(要約し過ぎ?)
じゃあ孔明としては劉備の思いに応えようとした以外に
とんでもなく頭のいい人なのだから何か考えがあって出廬に応じたんじゃないのかなー?おまめ
仲良く車に乗って、寝るのも食事もいつも一緒ってなんか・・・
読んでる私を置いてかないで~おーいって思っちゃった絵文字
この作品では描かれていないだけなのかな?

もし、「三顧の礼」の相手が魏の曹操や呉の孫権だったらどうなってたんだろう?
と無知ながらマイ脳みその域を越える想像をしてみたのでしたはにわ

かしこ