300-301ページ(013)下山御消息 建治3年(ʼ77)6月 56歳 下山光基
教大師云わく「ひそかに以んみれば、菩薩は国の宝なること法華経に載す。大乗の利他は摩訶衍の説なり。弥天の七難は、大乗経にあらずんば、何をもってか除くとせん。未然の大災は、菩薩僧にあらずんば、あに冥滅することを得んや」等云々。しかるを、今、大蒙古国を調伏する公家・武家の日記を見るに、あるいは五大尊、あるいは七仏薬師、あるいは仏眼、あるいは金輪等云々。これらの小法は大災を消すべしや。「還って本人に著きなん」と成って、国たちまちに亡びなんとす。 あるいは日吉の社にして法華の護摩を行うといえども、不空三蔵が誤れる法を本として行うあいだ、祈禱の儀にあらず。また今の高僧等は、あるいは東寺の真言、あるいは天台の真言なり。東寺は弘法大師、天台は慈覚・智証なり。この三人は上に申すがごとく大謗法の人々なり。それより已外の諸僧等は、あるいは東大寺の戒壇の小乗の者なり。叡山の円頓戒は、また慈覚の謗法に曲げられぬ。彼の円戒も、迹門の大戒なれば、今の時の機にあらず。かたがた叶うべきことにはあらず。只今、国土やぶれなん。後悔さきにたたじ。不便、不便と語り給いしを、千万が一を書き付けて参らせ候。 ただし、身も下賤に生まれ、心も愚かに候えば、このことは道理かとは承り候えども、国主も御用いなきかの故に、鎌倉にてはいかんが候いけん、不審に覚え候。返す返すも愚意に存じ候は、これ程の国の大事をば、いかに御尋ねもなくして両度の御勘気には行われけるやらんと聞こしめしほどかせ給わぬ人々の、あるいは道理とも、あるいは僻事とも仰せあるべきこととは覚え候わず。また、この身に阿弥陀経を読み候わぬも、しかしながら、御ため、また父母のためにて候。ただ理不尽に読むべき由を仰せを蒙り候わば、その時重ねて申すべく候。いかにも聞こしめさずしてうしろの推義をなさん人々の仰せをば、たとい身は随うように候えども、心は一向に用いまいらせ候まじ。 また恐れにて候えども、兼ねてつみしらせまいらせ候。この御房はただ一人おわします。もしやの御事の候わん時は、御後悔や候わんずらん。「世間の人々の用いねば」とは、一旦のおろかのことなり。上の御用いあらん時は、誰人か用いざるべきや。その時はまた用いたりとも何かせん。人を信じて法を信ぜず。 また世間の人々の思って候は、親には子は是非に随うべしと。君臣・師弟もかくのごとし。これらは、外典をも弁えず内典をも知らぬ人々の邪推なり。外典の孝経には、子父・臣君諍うべき段もあり。内典には「恩を棄てて無為に入るは、真実に恩を報ずる者なり」と仏定め給いぬ。悉達太子は閻浮第一の孝子なり。父の王の命を背いてこそ、父母をば引導し給いしか。比干が親父・紂王を諫暁して胸をほられてこそ、賢人の名をば流せしか。賤しみ給うとも、小法師が諫暁を用い給わずば、現当の御歎きなるべし。これは親のために読みまいらせ候わぬ阿弥陀経にて候えば、いかにも当時は叶うべしとはおぼえ候わず。恐々、申し上げ候。 建治三年六月 日 僧日永 下山兵庫五郎殿御返事
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下山御消息 建治3年(ʼ77)6月 56歳 下山光基
教大師云わく「ひそかに以んみれば、菩薩は国の宝なること法華経に載す。大乗の利他は摩訶衍の説なり。弥天の七難は、大乗経にあらずんば、何をもってか除くとせん。未然の大災は、菩薩僧にあらずんば、あに冥滅することを得んや」等云々。しかるを、今、大蒙古国を調伏する公家・武家の日記を見るに、あるいは五大尊、あるいは七仏薬師、あるいは仏眼、あるいは金輪等云々。これらの小法は大災を消すべしや。「還って本人に著きなん」と成って、国たちまちに亡びなんとす。
あるいは日吉の社にして法華の護摩を行うといえども、不空三蔵が誤れる法を本として行うあいだ、祈禱の儀にあらず。また今の高僧等は、あるいは東寺の真言、あるいは天台の真言なり。東寺は弘法大師、天台は慈覚・智証なり。この三人は上に申すがごとく大謗法の人々なり。それより已外の諸僧等は、あるいは東大寺の戒壇の小乗の者なり。叡山の円頓戒は、また慈覚の謗法に曲げられぬ。彼の円戒も、迹門の大戒なれば、今の時の機にあらず。かたがた叶うべきことにはあらず。只今、国土やぶれなん。後悔さきにたたじ。不便、不便と語り給いしを、千万が一を書き付けて参らせ候。
ただし、身も下賤に生まれ、心も愚かに候えば、このことは道理かとは承り候えども、国主も御用いなきかの故に、鎌倉にてはいかんが候いけん、不審に覚え候。返す返すも愚意に存じ候は、これ程の国の大事をば、いかに御尋ねもなくして両度の御勘気には行われけるやらんと聞こしめしほどかせ給わぬ人々の、あるいは道理とも、あるいは僻事とも仰せあるべきこととは覚え候わず。また、この身に阿弥陀経を読み候わぬも、しかしながら、御ため、また父母のためにて候。ただ理不尽に読むべき由を仰せを蒙り候わば、その時重ねて申すべく候。いかにも聞こしめさずしてうしろの推義をなさん人々の仰せをば、たとい身は随うように候えども、心は一向に用いまいらせ候まじ。
また恐れにて候えども、兼ねてつみしらせまいらせ候。この御房はただ一人おわします。もしやの御事の候わん時は、御後悔や候わんずらん。「世間の人々の用いねば」とは、一旦のおろかのことなり。上の御用いあらん時は、誰人か用いざるべきや。その時はまた用いたりとも何かせん。人を信じて法を信ぜず。
また世間の人々の思って候は、親には子は是非に随うべしと。君臣・師弟もかくのごとし。これらは、外典をも弁えず内典をも知らぬ人々の邪推なり。外典の孝経には、子父・臣君諍うべき段もあり。内典には「恩を棄てて無為に入るは、真実に恩を報ずる者なり」と仏定め給いぬ。悉達太子は閻浮第一の孝子なり。父の王の命を背いてこそ、父母をば引導し給いしか。比干が親父・紂王を諫暁して胸をほられてこそ、賢人の名をば流せしか。賤しみ給うとも、小法師が諫暁を用い給わずば、現当の御歎きなるべし。これは親のために読みまいらせ候わぬ阿弥陀経にて候えば、いかにも当時は叶うべしとはおぼえ候わず。恐々、申し上げ候。
建治三年六月 日 僧日永
下山兵庫五郎殿御返事
