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 戸田は憂慮していた選挙運動が、単なる世間並みの皮相的な活動に終始して上滑りしたら、落選の危険は極めて大きい。彼は、信心を忘れた活動に陥ることを、何よりも恐れた。

 告示から数日過ぎて、彼は、そのため山本伸一を、急遽、呼び、大田区の小西武雄と、横浜市の森川幸二の選挙の、最高責任者として指揮を執ることを指示した。

 戸田の意を受けて、山本伸一が小西の選挙事務所へ行ってみると、果たして戸田の憂慮が杞憂でないことがすぐわかった。事務所の空気に、いやなものを感じた。告示から、はや五日を過ぎているのに、沈着な力強さは感じられず、幹部は、いたずらに大言壮語を口にした。明確な目標を立てて、一日一日の戦略を固めているものとも思えなかった。

 見てくれの無駄な動きが多すぎた。大多数の学会員には、選挙だ、選挙だ、という言葉は浸透していたが、では、何をどうするのかという具体的な態勢は、まことに劣弱であった。ただ、われも、われもと、事務所に顔を出すことが、あたかも選挙運動であるかのように思い、手持ち無沙汰であった。事務所は、いつも学会員であふれ、拍手が起こり、はなはだ景気がよかったが、実質的な戦いは足踏みしているといってよかった

 活動の主力は、遊説隊、ビラ張り、ハガキの宛名書き、対立候補の動きをつかむことなどに注がれて、幹部は、茶を飲みながら、雑談に費やす時間が多すぎた。