まだまだ日中は暑く感じる毎日ですが、夜は涼しく過ごしやすくなってきましたね。
田んぼを見ると、時期の早い品種(こちらではコシヒカリ)の稲刈りがほぼ終わり、次の品種がだんだん色づいてきております。
それにしても今年の稲刈りはさんざんでした。
なぜに稲刈り時期になって雨が沢山降るのか。
おかげで、コシの弱いコシヒカリは、ばったばったと倒れ、水に浸かり水分の多いままコンバインで刈るので、コンバインが悲鳴をあげる始末。
さらには、センターへ籾を持っていたら水分が多いとしっかり指摘を受け、どうにもならないもどかしさを残す稲刈りとなりました。
しかし、天氣ばかりはどうにもならないので、仕方あるまい。
それよりも、今年もお米が収穫できた喜びの方が俄然大きい。
こうやって種蒔きから稲刈りまでをすると、植物の成長の凄さ、また食べ物を得るまでの大変さが分かり、食べ物を粗末にできなくなる。
自分の食べ物を、自分で一から作ることは、教育にとってもいいんじゃないかと思う。
自分が小学生の時に、お米を作って食べたことあるけど、子供ながらに自分で作ったものを食べる美味しさに感動したような覚えがある。
やっぱり、自分で作ったものは、愛着もわくし、込める想いも違う。
粗末になんかできる訳がない。
いたって安易な考えかも知れませんが、これは強く推したい。
田んぼを見ると、時期の早い品種(こちらではコシヒカリ)の稲刈りがほぼ終わり、次の品種がだんだん色づいてきております。
それにしても今年の稲刈りはさんざんでした。
なぜに稲刈り時期になって雨が沢山降るのか。
おかげで、コシの弱いコシヒカリは、ばったばったと倒れ、水に浸かり水分の多いままコンバインで刈るので、コンバインが悲鳴をあげる始末。
さらには、センターへ籾を持っていたら水分が多いとしっかり指摘を受け、どうにもならないもどかしさを残す稲刈りとなりました。
しかし、天氣ばかりはどうにもならないので、仕方あるまい。
それよりも、今年もお米が収穫できた喜びの方が俄然大きい。
こうやって種蒔きから稲刈りまでをすると、植物の成長の凄さ、また食べ物を得るまでの大変さが分かり、食べ物を粗末にできなくなる。
自分の食べ物を、自分で一から作ることは、教育にとってもいいんじゃないかと思う。
自分が小学生の時に、お米を作って食べたことあるけど、子供ながらに自分で作ったものを食べる美味しさに感動したような覚えがある。
やっぱり、自分で作ったものは、愛着もわくし、込める想いも違う。
粗末になんかできる訳がない。
いたって安易な考えかも知れませんが、これは強く推したい。