昨今はモノの根本的な成り立ちを考えることが無くなった。
本質的な原因に立ち入らないで物事を解決しようとしている。そう云うやり方は一見手っ取り速いように見えていて実は解決になっていないのである。表面的な云わば
対症療法に似たやり方は緊急の対策ではあってもそれで御仕舞いにしてはならない。
今日の新聞では大、激安財布
高卒の就職支援をするということである。これに税金を注ぎ込もうという訳だ。確かに当面の対策ではあろうが恐らくこれで世の中の非難めいた見方に目晦ましをかけようとしていることが見え見えである。しかしこんなことをしても何の解決にもならない。カネをドブに捨てるようなものである。
何故就職出来ないのかについての本質的な原因を追求しようとはしない。追求すると何が出て来るかも分からないし、トンでもない大変な問題を解決しなければならない羽目に陥りかねないと肌で感じているのであろう。労多くして手柄が少ないという訳である。こういう計算は政治家というのは得意である。
何ごとにつけても目先の目に見えることにしか考えが及ばないのである。それだけ苦労をした経験が無いとも言える。財政が大変だとか、だから増税だとか何の知恵も出すことなく有耶無耶にしようとしている。
国民はもう何もしてくれなくても良いと考えている人が結構居る。余計なことにカネを使うことだけはしないで欲しいと思っている。もう少し放っておくことを考えるべきである。
景気の先行きは混とんとしている。と云うよりも先が見え無くて不安を抱えたままである。これ以上財政にも期待出来ない。日銀も無能と来ている。円高ばかりが進んで何の解決策も提示出来ない政府、これでは企業経営はやって行けない。円高も悪いばかりではない、などと云う輩もいるが何ごとにも良いも悪いもある。しかしどちらがより大きいかを考えろということ。
日本の企業数が大幅に減少したそうであるが何も不可解ではない。景気が悪ければ潰れる企業があって当然である。それが自由競争。寧ろ何のカネもかからず景気を回復するには規制緩和しかないだろうということが胡乱な政治家には未だ分からないようである。