元スカウトりゅうさんの日記~ -7ページ目

習志野応援・・・

春高バレーが4日から始まった。


以前は春休み中だったが、いつからか正月明けに開催。


つまり、サッカーやラグビーと同じで、3年生が現役として出場できる最後の大会。


これまでは総体が最後だっただろうから、半年以上長く現役として活動する事になる。


だがこの時期は受験を控える大事な時期で、予選では進学校とか受験優先の為、サッカー、ラグビー部の3年生は残らないケースもあるみたいだしね。


バレーボールも例外ではないと思う。



ところで今年はテレビで見て、ふと見に行きたいと思うようになった。


なぜか?


『習志野の応援を観たいから』


きっかけはYouTube動画だった。


高校野球で早実の試合を神宮に観に行った時、その応援の姿、雰囲気に魅了された。


そしてYouTubeで早実の応援動画を検索し見ている中で、習志野応援動画を見つけたのだ。


これは凄い・・・


最初の印象。


高校野球でこれだけの応援がつく驚きと、バトン部との華やかさが一帯となった完成度。

俺の地域、高校時代では考えられなかった。


大体、野球観戦は父兄関係者か野球好きのヒマなオヤジくらい。

勿論チアなんか存在しない。応援部も無い。

ヤジが聞こえるレベルのシーンとした球場でやっていたものだ。


もちろん地域性と言えばそれまでだが、野球レベルは当時全国的に高かった。
にも関わらずだ。


だからビックリと同時に、羨ましく思った。


これだけの応援があればもっと頑張れただらう。もっと野球やる奴も増えただろう。

そして、『モテただろう』・・・


地域性と言えば、千葉県は高校野球の応援スタイル、注目度は他県より群を抜いていると思う。


初戦からチアが大体いる。TV中継がある。プロ野球仕様の球場がある。
そして、夕方の速報番組と、夜のダイジェスト版がある。


夏の終業式も公立は統一していて、その日は夏の大会は休み。

学校は全校生徒で応援しに行く慣習(中には必須)がある。

致せり尽くせりの環境だ。


そんな地域性もあってか、応援のチア、吹奏部のレベルはどこも高い。


運良く千葉高校野球予選の仕事に関わる事ができ、見れる機会もあって体感することができた。


特に16年の準決勝戦、習志野対市船

市船チアのキレキレダンスと野球部員のダンス。
そして習高の吹奏楽とチア・・・


両校見ものだった。


昨年夏の決勝戦は仕事を休んでマリンへ足を運んだ。もちろん習高が決勝戦に残っていたから。


ある意味、試合とセットもしくはそれ以上。芸術だ。


だから春高バレーでは室内での美爆音を生で聴きたいと楽しみにしていたのだが…


負けてしまい残念・・・


でも折角なんでバレー決勝戦は観に行きます。


生で観るの約25年振り位か・・・


結果はともかく、会場で、若さと元気さと純粋さ、そして情熱を吸収できたらいいな。



歳と共に感じる事です・・・










周囲に影響されない…

毎年恒例、正月駅伝。


昨日の社会人駅伝を見ていて改めて感じたことがある。


最終区、6位争いに3チームの集団が小競り合いをしていた。


5位までの差は歴然の為、ランナー皆6位争いに意識がいっている。


そうしている間に、後ろからコニカミノルタが6位集団に追い付き4チームに。


コニカミノルタそのまま追い越す事なく、集団は混戦。



そうしているうちに、今度は後ろから愛三工業という聞いたことがないチームが集団に追い付く。


そして終盤、今度は住友電工が追い付き計6チームが混戦状態。



そうなると、結果的に最初の集団にいたチームは追い付かれた訳だから、個人タイムは悪くなる。

順位に意識がいくあまりそうなる。


確かに順位は大事。

しかしそのせいで後ろとの差が縮まったり、区間タイムを犠牲にするのはどうだろうか?


そもそも一キロ何分で走るというペースに意識を向け、外部環境に左右されなければペースを崩されることはない。

己との勝負。

周りが早かろうが遅かろうが自分のペースで走る。周りにかき乱されない。


これが強いメンタルだと思う。


下手に牽制する、プレッシャーをかける、かけられる、付いていこうとする…から己のペースが乱れるのだ。


順位より己の自己ベストを出す。

この結果がチームにとっていい成績に繋がるのではないか。


追い付かれた最初の集団の区間タイムは、凡順位に終わってるに違いない。


順位を上げたならまだしも、僅差で順位を落とした場合、何一つメリットもないだろう。


人が後ろにいる、前にいる関係なく、己の力を出し尽くす事が大切だと、駅伝を見るたびにいつも思うことです…

#駅伝

大掃除…②

風水的に掃除は開運の基本のようだが、それは
利にかなっていると思う。

綺麗な環境とそうでないのとは心境的に違うし、環境が人に及ぼす影響は少なからずあるからだ。

俺も実践していたが、最近気付いたことがある。

綺麗にするだけではダメってこと。

勿論汚いのは論外だが、

①過ごしやすい空間にできているか?

②取り組む際に感謝の気持ちがあるか?


①は掃除がしやすいレイアウトや方位を優先にし過ぎると、落ち着かない空間や出来上がってしまう可能性がある。

実際俺の部屋がそうだった。掃除はしやすい。しかし、家で心が安らがないのだ。

オフィスにいる感じかな。

やっぱり部屋は安らぎが大事。だからガラステーブルやデザイン系のインテリアは排除し、こたつや、ローソファーに替えた。

やっぱ落ち着くね。


②掃除する際、面倒くさい、嫌々取り組んでたらたどうだろう。

ストレスを溜めるだけで、その時間はマイナスの気分のまま。

掃除=ストレス

続かないだろう。これで綺麗になっても心がこれじゃ開運なると思えない。

それより当たり前と思ってる部屋の環境についてもう一度考えてみよう。


~疲れても帰ってこれる場所がある。雨風、暑さ、寒さをしのいでくれる。

蛇口ひねれば水が簡単に出る、トイレも用を足せば流せる、温めるレンジ、ポットがある。料理できる火がある…~


こんな便利な環境って、自分の力でまかなえないよ。

発展途上国では、こんな設備環境ないところ多いはず。

それ考えたら、感謝の念が出るはずだ。

日本という国や、育ててくれた両親、親族、友達、会社…

そして今いる部屋。そこを綺麗に掃除する。

『快適に過ごせてありがとう。』『壊れなくてありがとう』…

磨いている途中、そう思えるはずだ。

そしてそれが生き物のように思えた時、愛情へと変わるだろう。

そう思えたらしめたもの。『掃除が楽しい』
『綺麗にしたい』『お洒落な空間にしたい』…

好きな人に会う時や、お洒落な洋服を買いに行く時の気分と一緒。


この気持ちが、人を幸せにすると思う。


だから掃除の際はこの気持ちで取り組む事で、効果は抜群に出ると思っている。


嫌々はやめて、掃除がしたいと本心から思える気持ちになりたい。


最近やっと気付いたことかな…