最後の夜

 

 

 

東京の夜景を柵のついた護送車から眺め、自分が今置かれている現実を受け入れようとしたが一向に受け入れることはできなかった。

 

 

逮捕され、そのまま私は留置場へ移送された。

 

私を含め共犯者は5人。

 

取調べの都合上、全員が別々の警察署へ移送されることになった。

 

ついさっきまで一緒に食事をし、同じ空間で過ごしていたはずなのに突然警察に突入され、それから一言も言葉を交わすことも許されず離れ離れになる。とても不思議な感じだった。

 

あれだけ一緒にいた仲間と別れの言葉すら交わせず離れ離れになる。

 

最後に交したアイコンタクトだけで仲間たちのの心の中を読み取ることはできなかった。

 

私の移送先は都内でも端の方にあり高速に乗っても1時間ほどかかった。

 

そして、この時見た夜景が釈放されるまでに見た最後の夜景となった。

 

 

  腐った金銭感覚

 

 

 

逮捕された時の所持金は僅か5千円。

 

当時は金銭感覚が完全に麻痺しており無くなればまた騙せばいいと、手にした現金は湯水の如く消えていた。

 

そのほとんどが酒と女だ。

 

自分を偽り、仕事に誇りを持つこともできない私たちにとって自分を誇示するためにはたくさん金を使い見栄を張る以外に方法が見つからなかった。

 

逮捕された当日は報酬が入る予定だったが、ガサ入れの際、主犯格の机の上に置いてあった私たちが受け取るはずの給料200万円が手に入る訳はもちろんなく押収されることになった。

 

散々、他人を欺きその対価で贅沢の限りを尽くし終焉を向かえた私にはぴったりな結末だった。

 

全てを失い、それを取り戻すために始めた悪事は全てを取り戻すどころかさらに私を地獄の底へ突き落とすことになった。

 

 

  留置場

 

 

留置所へ到着し、自分の荷物は許された衣類以外はすべて自分の手の届かない場所に保管された。

 

すべての服を脱がされ身体検査を受けてから檻の中へ入れられた。

 

 

偽名を使い生活をしていて、ついさっきやっと本名を取り戻し私自身に戻れたばかりなのに今度は番号を与えられ私の名前はまたすぐにどこかへ消えてしまった。

 

私は15番と呼ばれるようになった。

 

同房の人間にも15番さんと呼ばれた。

 

自分の名前を呼ばれるのは取調べの刑事だけだった。

 

起きて食べて寝る。

その繰り返し。

 

食事すら地べたで摂る、そんな家畜のような生活が始まった。 

 

朝7時に起きて夜の9時に就寝するまで食後に15分だけ流れる録音したニュースと音楽だけが唯一の娯楽だった。このご時世にカセットテープに何度も上書きしているため音質は最悪だったがその時間が唯一の癒しだった。

 

備え付けの小説も読むことはできたが最初のうちは内容が入ってこずただ文字を眺めることしかできなかった。

 

スマホもテレビもない退化した世界に戻ってきてしまった。

 

分かってはいた事だけどやはりこの時代にネットが使えないのは不便だった。

 

普段しているSNSのチェックももちろんできない。

 

LINEで捕まったことを連絡することもできない。

 

1日で無人島に流されたような気になった。

 

組織犯罪ということもあり接見禁止がついた。

 

家族と面会はおろか手紙をやり取りすることすら許されなかった。

 

部屋の外に付けられた15番というプラカードの端に貼られた赤いテープがその目印だった。

 

いつ取れるか聞いても誰も教えてくれない。

 

その時の私はこれからどれだけの期間、留置所にいるのか、いつから裁判になるのか、実刑は免れないだろうが何年刑務所に入るのか想定すらできない、想定したとしてももただの予想なだけでますます混乱するという負のループに陥っていた。

 

 

  黙秘

 

 

その当時、私には交際相手がいた。

 

地元で知り合った女性で、ちょうど逮捕される日に東京に来て一緒に暮らす約束をしていた。

 

その相手にすら連絡が取れない。

 

今頃、こっちに着いているのか。

連絡してきて電波が届かないと言われたらどう感じるのか。

彼女のことが頭をよぎった。

 

しかしそんなことすら心配できないほど私は自分本位になっていた。

 

住んでた家のことも、実家の両親のこともなにも頭に浮かんでこないほど混乱していた。

 

間もなくして弁護士がやってきた。

 

主犯格の寄越したアウトロー弁護士だった。

 

数万円の差し入れとともに、黙秘し続けたらもしかしたら釈放されるかもと助言された。

 

それより前から逮捕された時は完全黙秘を通すと私は決めていたので素直に従った。

 

釈放うんぬんももちろんだが、私は主犯格の男に本当に感謝していた。

 

なにもない、残された道は死しかない自分を受け入れてくれ面倒を見てくれた主犯格の男は私にとっては命の恩人だった。

 

善悪は置いておいて、私にはほかの仲間を裏切るという選択肢はなかった。

 

そして、最初の逮捕事実は他人を騙そうとしたという詐欺未遂容疑だったこともあり、私の中でこのまま黙秘を続ければ本当に起訴されることなく、詐欺をし続けることは難しくても拘留期限を迎える20日後には晴れて釈放されて自由になれるとう望みを捨てることはできなかった。

 

すべて失った上にそれでも娑婆に執着する私の心の中は悪魔のように醜くドロドロとしていた。

 

逮捕された翌日に新規検事調べで検察庁へ連行された。

 

そこでほかの共犯者と再会することになる。

 

小さな牢屋が並んだような待合室に続々と連行されてくる共犯者たちに刑務官の目を盗むように合図を送り口を紡ぐようなジェスチャーで全員黙秘を促した、仲間と言えど所詮偽名を使って繋がった素性の知らない他人。

 

 

誰かがチンコロするかもしれないと互いに疑心暗鬼に陥っていた。

 

ありがとうでもがんばれでもなく、黙秘しろ

 

そう合図を送ったのが私たちの最後の別れとなった。

 

刑事の取り調べは楽しかった。

 

黙秘というものの雑談程度の世間話はしたし、歳の近い刑事ということもありとても仲良くなった。

 

その中で半年以上前から内偵捜査をしていて私たちの行動をこと細かく監視されていたことが分かり事件の重大さや警察の操作力の凄さを思い知らされた。

 

一方、検事調べは苦痛でしかなかった。

 

朝、2時間近くかけて検察庁へ赴き夕方2時間近くかけて帰るまで拘束され、狭い部屋の中の木でできたイスに手錠をつけたまま待たされる。

 

食事は小さなパンふたつとパックコーヒーのみ。

 

誰とも会話は許されず硬い椅子の上でひたすらに時が過ぎるのを待つ。

 

時間も分からない中で時が過ぎるのを待つのは想像を絶する苦痛だった。

 

検事とは雑談すらしなかった。

 

1時間以上無音の個室で、お互いにらめっこするそんな感じだった。

 

常時、録音録画されている室内は何一つ言葉を発することのできる雰囲気ではなかった。

 

会話がないと段々と不安になり話せば楽になれたはずだったけど地獄に落ちきった私が、自我を維持するためには黙秘を貫き通すしかなかった。

 

馬鹿げた話だけど黙秘を貫いて恩義を返すことが最後の男気だった。

 

 

  運命の日

 

そして、拘留期限の20日目を向かえた。

 

朝、留置担当から呼び出され荷物をまとめて釈放された。

 

面会室のいつもは面会に来る相手が入るスペースで荷物を確認し、私服に着替えズボンにベルトを通し意気揚々と留置場を出た。

 

留置場の扉を開けた瞬間待っていたのはいつも私の取り調べを担当していた刑事だった。

 

そこで、新たな逮捕状を提示され私は再逮捕された。

 

詐欺罪それが次の逮捕事実だった。

 

留置場の窓から見える桜の木には蕾が付き春の訪れを知らせていた。

 

(続く)

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