まずは今回の一連の事件で、クレジットカード情報を不正に使い多大な不安と迷惑を与えてしまったさん、そして企業としての運営を妨げてしまったさん、それに最終的に金銭的被害を与えてしまった保証会社のさんにこの場を借りて謝罪をさせてください

 

この度は、私の身勝手な行動で穏やかな日常生活を脅かし、企業運営を妨害し、金銭的被害を与えてしまったこと本当に申し訳ありませんでした。

 

そして、その他にも私が転売したカード情報を悪用されたことで、被害を与えてしまい不安な思いをされている方がいると言う事は、今なら容易に想像できます。

 

裁判を待つ中で自分の罪を振り返り、私のしたことは被害者の方だけではなく、クレジットカードや、銀行口座と言う社会的インフラの存在価値を脅かす、とても悪質なことをしてしまっていたと、自分の想像力の乏しさを今になってとても後悔しています。

 

カード情報を転売する中で、長く辞め続けていた覚醒剤に、再び手を出してしまい、実際に売り買いまでには至らなかったものの、口座取引の誘因という罪にまで犯行が広がってしまい、このまま逮捕されていなければ、新しい罪を重ね続けてしまうところでした。

 

私がこれまで起こしてきた罪は消えることはありませんが、被害件数が重なっていく前に私のことを逮捕してくれて、もう一度やり直すきっかけを与えてくれた警察の方に感謝しています。

 

 

今回の事件をきっかけに、私の周りからたくさんの人が離れていきました。

 

保釈されて現実社会に目を向けたとき、これまで自分のしてきた罪の大きさを再認識させられました。

 

しかし、今日情状証人として立ってくれて出所後の支援を約束してくれた母親や、罪を犯して多大な迷惑をかけてしまった私のことを、再び雇用してくれると誓ってくれた会社の社長、そして、友人でもあり今回は刑事司法ソーシャルワーカーとして私が社会復帰するための指針を示してくれたさんや、病気のため今日は来れていませんがまだ私の更正を願ってくれている父親が私の近くに残ってくれています。

 

そのみんながみんな、これまでの前科を知った上で私の更生を信じてくれていました。

 

その思いをを簡単に裏切り、ふみにじり,更なる迷惑をかけてしまったこと、本当にすみませんでした。

 

そして、そんな私のことをもう一度信じてくれて、私のために本当に多くの支援をしてくれて本当にありがとうございます。

 

私は今回の保釈中に発達障害という診断が下りました。

 

他の事情を含めても自分の事件を正当化する理由にはなりません。だから私は今回の事件に対する判決をしっかりと受け止めて、自分の犯してしまった罪と、そして自分自身としっかりと向き合いながら罪を償ってきます。

 

 

最後になりますが、私はバカです。大バカ者です。

 

何度も逮捕され、何度もやり直そうと誓って。

 

そして何度も衝動に負けて再犯を犯してきてしまいました。

 

だけどそんな大バカものにこれだけ強力な支援者が残ってくれていること本当に幸せなことだと思っています。

 

今回の逮捕をきっかけに、一度罪を犯した人間が、自分一人の力で更生を続けることの難しさ、そして発達障害としての自分の判断力の限界を思い知りました。

 

それでも私はもう一度やり直したい。

 

それでも、これだけ周りに残ってくれた支援してくれる方達を裏切り悲しませたくない。

 

だから、自分の無力さを認めた上で、足りない部分は行政機関や周りの支援者の方達に助けを求め、発達障害や依存症と向き合いながらもう2度と罪を犯さない努力を続けます。

 

本日はありがとうございました。

今回の一連の事件の中で、私は多くの人にクレジットカード情報を転売し、結果的に自身でも他人のカード情報を悪用して利益を得ると言う犯罪行為を起こしてしまいました。

 

私が売ったカード情報がどう使われるか、どれだけの被害があるのかまで私はあえて知らないふりをしてカード情報の転売を続けてきましたが、確実に私の売ったカード一枚一枚に持ち主がいて、何かしらそれぞれに悪影響を及ぼしていたと言う事実は重く受け止めなければならないと感じています。

 

そして、クレジットカード情報の不正利用を助長するような行為をしていたこと自体が、クレジットカードカードと言う信用を担保に支払いをすると言う社会インフラの根幹を脅かすこうだったと捕まってようやく思い至り深く反省しています。

 

私は前回の刑期を終えてからしばらくは順調に進んでいた人生が急速に失速してしまい、なんとか軌道修正するべく再び犯罪に手を染めてしまいました。

 

しかし、私のような境遇の人は世の中にたくさんいて、そのほとんどの人たちがその苦しみに耐えたりそれを受け入れながら罪を犯さずに生き続けていることを思うと、私のしてきたこともその動機も本当に身勝手で短絡的と断罪されて当然だと思います。

 

誰もが私のように自分の不幸を他の誰かに転化するようになってしまえば、不幸の連鎖が起こってしまいます。

 

だからこそ、今後は自分の身に起こったことは自分の責任の範囲内で受け入れていくように自分のことを律しながら生きていけるように自分の感情をコントロールしていけるように自分の行動を管理して行く覚悟をもって生きていきます。

 

最後になりますが、今回私が事件を起こし逮捕されてしまったことで私を取りまく人たちにも本当に大きな迷惑をかけてしまいました。

 

私の更生を願って新しい仕事や住む場所を提供してくれた、会社の社長夫婦や病気の後遺症に気遣いながら仕事内容を調整しながら私の働く環境を整えてくれた従業員の方々、そして今回情状証人立ってくれる母親や父親そして妹の気持ちを裏切る結果となってしまいました。

 

しかし、そんな事件を起こしてしまった私に対して家族は見捨てず現在でも支援を続けてくれて、勤務先の社長も出所後の仕事の提供を約束してくれて今回と情状証人として立ってくれると言ってくださりました。

 

私は馬鹿です、大馬鹿者です。

 

決して犯罪行為がしたいわけでもないのにいつも短絡的な同期で罪を犯してしまいます。

 

だけど、私は諦めたくはありません。

 

今回の事件を反省し、刑期の中で自分自身を見つめ直し、出所後も自分とか関わる人たちや行政サービスを頼らせてもらいながら、しっかりと罪を償った上でもう2度と過ちをおかさずに幸せな人生を送れるよう生きていきたいと思います。

 

この度は一連の事件を引き起こしてしまい本当に申し訳ございませんでした。

気がつけば早いもので、あれから半年もの月日が経ちました。


一度はカードの不正利用を諦めてまっとうな人生に戻れそうだったのに自分の勝手な解釈でカード情報の転売を始めて気がついた時には覚醒剤に再び手を出し、最後には諦めたはずの不正利用にまで及んでしまったと言う、本当に罪の上塗りを重ねてしまった数ヶ月だったと改めて思います。


今回の一連の事件を起こしてしまった原因、そして罪の上塗りを続けてしまった原因は一つだけではないと思っています。


まず、前回の受刑を終えて数年間普通の生活の中で貯金ができていたのに不慮の病気やトラブルでその蓄えが一気になくなってしまったことについては、病気や怪我のための保険が民間にもあるのでそれに加入しておくべきでした、突然の経費や車両の故障による出費が起こりうる個人事業主と言う雇用体系を選択したのは自分の意思であり、本当の安定を望むのであれば保証の充実した正社員と言う選択をするべきでした。


お金が無くて犯罪に手を染めたと言うよりも失ってしまった蓄えを取り戻したいという気持ちが動機にあるので、次社会復帰できた際は一からの出発、失った蓄えを取り戻すためにはまたひとつづつ積み上げていくしかない、簡単に稼げる仕事などこの世にはない。と、肝に銘じて自分に言い聞かせます。


犯罪行為だと思わずに、クレジットカード情報の転売を始めてしまうような自分の規範意識の低さについては少しでも法に触れるかわからなかなったり、迷ったりするときは事前に調べたり、誰かに相談する。いや、少しでも法に触れるか怪しいときはその行動は自重するといった意識改革をして対応をしていきます。


今回の一連の事件は全てテレグラムと言うアプリを使って行われています、不要な交友関係や法に触れる不必要な知識を排除するために、これまで使っていたテレグラムのアカウント並びにチャンネルは全て削除した上で、一連の事件に関わった人間との関係を全て排除します。


そして、今後私の人生にテレグラムは不必要なのでアプリはアンインストールした後、今後二度と利用しないことを誓います。


そして、今回一連の事件の中で再び手を出してしまった覚醒剤なのですが、依存性や中毒性の強さを改めて身をもって思い出すことになりました。よく辞め続けているひとが【止めているのではなく、ただ止まっているだけ】と言いますが、どれだかの期間止め続けていようと、手を出すのは一瞬、あとは元の木阿弥でした。


今後、私はまた刑務所に行くことになると思いますが、長く止め続けることができた自分だからまた止めることは簡単だと過信せず、刑務所内での断薬教育に熱心に取り組み、社会復帰後もダルクや行政の行う断薬プログラムを受けながら、またゼロから断薬に取り組むと言う確固とした覚悟で次の人生をスタートさせたいと考えています。

チャンネルを始めて2ヶ月ほどが経った頃から次第にトラブルが多くなってきました。


売ったeSIMが使えなかったりすぐに止められてしまうと言ったクレームが増え続け、転売をしているだけで原因究明のできない私は返金対応に追われ、そのうちに供給も止まってしまい、eSIMの転売は停止せざるを得なくなってしまいました。


それに伴ってクレジットカード情報の転売のお客さんも離れて行きチャンネル運営が成り立たなくなっていきました。


もともと、ネットで調べたら私の値段よりも安価で購入できる方法が知れ渡り、私自身にカードを使う知識やスキルがないため私からカード情報を購入する価値がないことに他の人が気がつき出したことが原因だと思います。


そしてそれに加えて、昼間の本業とのバランスが取りきれなくなってしまっていました。


夜眠らずにチャンネルの対応をして、昼間は一転して作業着を着て現場仕事に汗を流すという二重生活に限界を感じ出していました。


自分のことを思い、まともな仕事を与えてくれた社長への恩義から会社には絶対にバレてはいけないし、仕事を辞めるわけにはいかないと言う思いからチャンネルを縮小して閉鎖する段取りを進める中で、チャンネルでの問い合わせを通じて知り合ったのが今回共犯者として逮捕されたレムと言う人間です。


レムは私の知らないアンダーグラウンドな知識をたくさん持っており、いろいろなことを教えてくれました。色々な話をしていく中で彼が私と同じ横浜でホテル暮らしをしていると言うことを聞いて会ってみたくなり約束を取り付けて挨拶がてら食事をすることになりました。私が逮捕される10日ほど前のことです。


それからレムとは毎日のように電話をしたり食事に行ったり友人のようになりました。その中で私が以前から知っていた他のテレグラムのチャンネルでカード情報のデータ書き換えデータを売っていた【サル】と言う人物の話をしました、詐欺かもしれないし私にはそれを判断することができないため、知識のあるレムがサルと接触して本当に使えるものなのか判断してもらうことになりました。


やり取りをしてもらった結果、サルの売っているカード情報は詐欺ではないので使ってみると言うレムの言葉を聞いて、私もカードの使い方や使えるサイトを教えてもらいながらアイフォンを購入することになりました。


ちなみにサルから購入したカード情報は一枚15000円でした。


発送先は、今回別に捕まり不起訴となった阿部と呼ばれる人物が用意しました、彼は不動産屋に勤めており、転売したお金のなかから収入を得たいということで事前に自分の知っている空き家物件の住所を伝えてきており、今回のアイフォンの不正購入に関与させようと考えましたが、約束の時間に彼が連絡がつかなくなってしまい、代わりに私が現地まで商品を受け取りに行くことになりました。


転売先についても、初めての転売ということでどこに売りに行くか決まっていない中で横浜駅近くにある買取店に何件も電話をかけてその中で一番高額で売れる店舗を私が見つけて、私の身分証を提示して私が転売をしました。


本来であれば荷物を受け取って転売する阿部に2万円を渡して残りを私とレムで2等分する予定でしたが、約束を守らず荷物を受け取らなかった阿部の分は無しにして、私とレムで販売額の約11万円を二等分して受け取りました。


役割としては、レムが私にカードの使い方を教える指南役で私は実行役、本来であれば阿部が受け取って転売をする役目でしたが立場の違いはあっても誰が上で誰が下と言う主従関係はありませんでした。


初めてのアイフォン転売がうまく行ってこれからも続けていくつもりでしたが、その翌日、別の犯罪収益移転法事件で自宅に警察がやってきて逮捕されてしまいました。


以上が、私が今回逮捕されるまでの一連の事件の流れとなります。

新天地で新しい生活を始めて3ヶ月ほどが過ぎた去年の年末のことでした。

 

SNSで知り合い1年以上親交があった女性と男女間トラブルを起こしてしまい相手方の代理人と名乗る要求に対し示談金を支払い解決をしたのですが、後日そのトラブルは相手方が企てた私から金銭をお金を脅し取流ために計画をした美人局だったということ、代理人を名乗る相手が暴力団に属しており私が支払った示談金は相手女性に一円も渡っていなかったということが判明しました。

 

その時に支払ったお金は、私のお金ではなく私の更生を願って無利子で返せる時に少しづつ無理のないように返済すれば良いからと、心ある知人が用立ててくれたものでそのような気持ちを踏み躙られた思いでこの気持ちを持ち続けていくと憎しみが増幅していくばかりとなんかしてすぐにこのお金を早く返済してこの一件を忘れ去ってしまいたいと思うようになりました、

 

当時私はフルタイムで土木関係の仕事に従事しており、その中で給与別の収入を得ることは時間的にも体力的にも厳しく、それにせっかく犯罪行為とは無関係な仕事をさせてもらっている中で再び犯罪行為を始める気はありませんでした。

 

そんな中、以前知り合った不正契約をした携帯電話番号を格安で売ってくれる人間がいることを思い出し、その携帯電話番号を仕入れて別の人間に転売すれば利益に繋がると思いつきました。

 

eSIMと呼ばれる、QRコードで発行されるSIMカード。

 

私はどのようにそれが作られたか知らないし、売った相手が何に使うかもわからない。

あくまでQRコードという画像を転売するだけなので犯罪行為に当たらないと、自分がこれから始める行為が法に抵触するかよく調べもせず独断でSIMカードの転売行為を始めることになりました。

 

最初は、ネット上で知り合った知人に聞いて必要なら仕入れて売るくらいで始めましたが、そんなものを必要とする相手はほとんどおらずすぐに頓挫してしまいました。そこで私はテレグラム内にはそういったものを必要とする人がたくさんおり需要が見込めると思いつきテレグラム内にチャンネルを立ち上げて集客を得て販路を広げることにしてみました。逮捕される4ヶ月前のことでした。

 

チャンネルを立ち上げる際、他にも法に触れず販売ができるものがないか考えました。

 

薬物なんかは営利で販売することはとても重い罪になることは知っていたし、たとえ少量でも所持すれば罪になることは知っていたので選択肢に入れませんでした。

 

そして、実態のあるものを商品にすることは在庫管理や発送に係る手間を考えると本業に支障が出てしまうので絶対に避けなければいけない。

 

その条件の中で考えついたものがクレジットカード情報でした。

 

当時の私の見解は、

 

他人のクレジットカードを不正に使うことは犯罪。

 

フィッシングサイト等を作り他人のクレジットカード情報を盗み取ることも犯罪。

 

しかし、他人のクレジットカード情報を文字として所持する、ということは犯罪に当たらないと考えていました。

 

そして、持っていて法に触れないのであれば、それを文字として他人に販売することも犯罪には当たらないだろうとその価値観のもとにeSIMとクレジットカード情報を商品として新しくチャンネルを開設することにしたのです。

 

以前、カードザギをしようとしていた時にそれでは結果が出せず辞めることにしましたが、その間にネット上を探し回りクレジットカード情報を格安で購入することのできるサイトは無数に見つけて知っていました。

 

なん100万件という大量に世界中のカード情報中から自分の好きな国の必要とする種類のカード情報を一瞬で検索して24時間いつでもどこからでも自動で安く買うことがダークウェブでもない一般のインターネットブラウザから検索してアクセスができる場所にいくらでもあり、そんなサイトが無数に規制もされずに運営を続けていることが更に私のカード情報の販売は罪ではないという見解を裏付けになりました。

 

そのサイト群で私が仕入れるカード情報の金額は1枚300から800円程度、特別安いサイトに至っては1つのデータが3セント、日本円で約5円にも満たない破格で販売されていました。

 

チャンネルを開設して少しの間は順調に売り上げましたが、次第に歪みが生じるようになりました、昼間の仕事を続けながらたった1人で送られてくるすべての問い合わせに対応がしきれなくなっていったのです、仕事中は携帯を触ることができないため帰宅してから全ての問い合わせに返信をして、データの仕入れから発送まで全てのことをひとりでこなしていくことに自分の限られた余暇時間に限界が来るようになってしまいました。

 

そんな折、私は少しでも睡眠時間を削って対応に尽力したいという思いから、再び覚醒剤に手を染めることになってしまったのです、テレグラムというマーケットで運営をしている中で違法薬物を手に入れることは難しくありませんでした。

 

犯罪行為に当たらないと考えて選定して始めたはずのことでしたが、運営の存続と自身の利益を追い求めるがあまりに私の中の罪悪の判断基準は崩壊してしまい気がつけば自分で犯罪行為とわかっているはずの薬物利用のハードルも飛び越えることになっていたのです。

 

覚醒剤の力を借りて、私の睡眠時間はほとんど無くなりました。

 

無理矢理に作った余暇時間を全てチェンネル運営に注いでいくうちに、どんどんと問い合わせが来るようになり私は次から次へとやってくる全ての連絡に全て対応しないといけない、と自分のキャパオーバーになっていることがわかっていながらリーガルチェックもしないまま反映できることはほとんど自分のチャンネルに反映していきました。

 

私が最初に逮捕されることになった犯罪収益移転法といわれる、他人の口座情報の買取を誘引したという事件もその一つです。

 

私にくる連絡の中で、何に使うかわかりませんが口座を売ってくれる人を紹介して欲しいという人間の問い合わせに、軽い気持ちでチャンネルに書き込みを行ったことで逮捕されましたが、このことで私が口座を買ったこともなければ、売りたい相手を紹介して契約が成立して利益を得たこともありませんでしたし、報酬の配分のようなとりきめすらしないまま惰性で問い合わせに対応したことが法に触れてしまってしまっていたのです。

 

 

 

しかし、クレジットカード情報を不正利用して現金化する、という行為は私の想像を絶する難しさでした、カード会社もECサイトも近年の増加する不正利用を放置するはずもなくどんどんとセキュリティの強化に乗り出し始めている最中で高額な決済をしようとすると3Dセキュアが発動して名義人にしかわからないパスワードが必要になったり、決済が完了してもサイトのセキュリティが不正を感知してカードを強制停止されてしまったりと、私はカード情報を購入して利益を得るはずなのに情報を購入する経費ばかりがかかってしまい全く利益が出ない状態が続きました。

 

最初は副業程度に考えて始めたことですが、全然軌道に乗らないことに焦りを感じ本業を辞めてカード詐欺に専念することになりました。

 

もう元に生活に戻ることはできませんでした。

 

しかし、仲間もいない中、全く無知な状態で始めたことなので、ネット上で知り合った他のカーダーと呼ばれるカード詐欺師たちに使い方を教えてもらおうとしましたが蛇の道は蛇、嘘の情報を教えられたり初心者の私のことを騙してお金を騙し取ろうという詐欺師の餌食となってしまい、私に残された僅かな貯金は増えるどころか減っていく一方で気がついた時には、新しくカード情報を仕入れるお金すら残っていませんでした。

 

生業も失い、貯蓄も底をつき、住んでいたアパートの家賃すら何ヶ月も滞納してしまい、もう単純に窃盗や詐欺の受け子をして生きていくしかない、と半ばヤケクソになりかけていた時に、逮捕されるまで勤めていた会社の社長と出会い、窮地を救ってもらいました。

 

当時住んでいた地元のアパートを引き払って、県外に移転して新しい人生のスタートを切る後押しをしてもらいました。

 

現場仕事ということで身体への負担はあったものの、事前に私の私の病気の後遺症やそれまでの経緯も含めて理解をしてくれての雇用だったので、社員全体で私のことを気遣ってくれました。

 

一度これまでのことは全て精算して新しい気持ちで働くようにと、それまで住んでいた部屋の滞納していた家賃や借金、それに新居の初期費用や当面の生活費すべてを一旦肩代わりしてくれて私の新しい人生の足固めをしてくれました。

 

心の底から救われたと感じました。

 

数ヶ月ぶりに生業に就き、働いた分の給与をきちんと働いた分もらうことができました。

 

あたりまえのことかもしれませんが、仕事量の上下や突然に大きな経費を計上しなくてはならない個人事業主では味わうことの出来ない安堵感を本当に久しぶりに味わい、またこれから一からコツコツと積み上げていく決意を固めました。

 

 

しかしながら、そんな日々は長く続きませんでした。

 

 

 

私は現在いくつもの事件で起訴されて裁判を受けている最中です。

わたしがおこした一連の事件は今年の2月ごろにテレグラムの中で立ち上げたクレジットカード情報と不正契約した携帯電話番号を販売するチャンネルが始まりです。

 

なぜそのようなチャンネルを始めたのかというと、単純に他人のクレジットカード情報と携帯電話番号を格安で購入する手段を知っており、それに対してテレグラムやXといったSNS上で私の仕入れる金額より高額で他の人間が販売していることを知り売り方次第で稼ぐことができるかもしれないと思ったことがきっかけでした。

 

私はこれまで2度の受刑経験があります。

 

役6年前に最後の刑務所生活を終えてからは生業に就き真面目にコツコツと仕事を続け、ある程度の蓄えもできてこのまま生きて行けばもう2度と犯罪をせず生きていけると確信していました。

 

しかし、最後の刑務所を出て3年が過ぎた頃私の身体に異変がありました。

急に足が動かなくなり救急車で病院へ搬送され、気がついた時にはベッドの上でいくつもの医療器具を付けられていました。

私に身体は足から始まり眠っている間に全身に麻痺が広がり、起きた時には食事や排泄することすら自分の力でできなくなってしまっていました。

 

 

病名は【横断性脊髄炎】と診断されました。

 

約3ヶ月入院しながらリハビリを続けて身体は動くようになりましたが現在も脚に痺れは後遺症として残っています。

 

そして、それ以上にそれを機に私がそれまでコツコツと積み上げて来た貯金が音を立てて崩れ落ちていってしまうことが病床の私を苦しめました。

 

当時の私は自身でトラックをリースで借りて行う業務請負のような雇用形態で仕事をしていたため十分な保証を受けることができず、入院中も経費ばかりが嵩んでいきました。

 

退院後、リハビリを続けるように促す医者の反対を押し切りすぐに復職したものの、病み上がりの私に以前のような仕事量をこなすことは無理でした。

それに加えて、通院に係る休業や物価高によるコスト増も重なりこれまで積み上げて来た貯金が音を立てるように崩れ落ちていきました。

 

その蓄えは恥ずかしい話ですが、私が40年近く生きてきて初めてまともに働いて蓄えた唯一の自信でもありました。

 

このまま同じ仕事を続けて行けば、近い将来貯金が底をつくか自分の身体がまた壊れてしまうかもしれないという焦燥感に襲われるようになり何かしらの副業を見つけないといけないと考えるようになりました。

 

本当なら貯金をこれ以上切り崩さないくらいの副収入を得る程度の目標であれば良かったものの、その時の私の思考は【病気になってからこれまでに失ったものを全て取り戻したい】というものでした。

 

失った貯蓄は数百万円、とても本業の傍ら普通の副業で取り戻すことのできる金額ではありませんでした。

 

そんな中、インターネットの情報でクレジットカードの不正利用が流行っているということを知りました。興味を持って色々と調べていくうちにテレグラムというアプリの中にクレジットカード情報を売っている人を発見し、これは自分が失ってしまったものを取り戻すために最良の手段だと思い至ってしまったのです。

 

その理由は1人で始められること、好きな時間にできること、そして一番大きな理由は病み上がりの自分の身体でもできて目的を達成すれば自分のタイミングで足を洗うことができると考えたからです。

 

その時、残念ながら私の思考に罪の意識や道徳感はありませんでした。

 

個人のカード情報を不正に使うが、それを保証するのはカード会社でさらにその保証も保証会社がしてくれるから、一個人に被害を与えるものではない。

 

という、テレグラム上で情報発信をしているカード詐欺師たちの言葉を鵜呑みにして私は再び犯罪者の道へと足を踏み入れてしまったのです。

もう、最後のブログから1年が過ぎてしまいました。


パスワードが分からなくなりログインできなかったけど、死にかけの限界の中でなんとかして俺の生きてきた痕跡を残さないといけないと思い母親にブログとTwitterのアカウントを教えたのが次のブログを書くに書けない最大の理由だと思います。


俺は結婚もしてなければ子供もいないので憶測になってしまいますが、大事な人が突如この世を去った時にその相手のことを回想する中でその相手の本心を知りたいと思うことは当然だと思います。


当時、もう自分の死があと少しだと悟った俺ができるただひとつの親孝行だったんだと思います。


自分の口座に残された、出所しから頑張って貯めた微々たる貯金額が残された口座とその暗証番号、それにFacebookや、インスタみたいな上っ面の俺じゃない、その時その時の本当の気持ちを書いたTwitterのアカウント、そして動かない身体で看護師さんに書いてもらった、


「産んでくれてありがとう」


という、一言書いた手紙を残して俺はこの世を去る準備を終えました。



あれから1年。



図々しくも、いまだに俺は生きてます。


2ヶ月の入院生活の中でリハビリを続け、歩くこと、自分の力で排泄すること、食事をすることすら困難だった身体も奇跡的に動けるまで回復しました。


病名は横断生脊髄炎。

症状は限りなくギランバレー症候群という少し前までは難病指定されていた病気に近いと退院する際、主治医に告知されました。


今でもまだ足の痺れは残っているし、薬を飲まなきゃちんちんもあまりたちません。


しかし世の中には同じような症状で、一生残る後遺症や悪くすると二度と歩けなくなったり、自分の力で排泄することができなくなる人がいる中でここまで回復することができたのは本当に奇跡と呼ぶに相応しいと思っています。


看護師さんからあなたの生への執念は凄まじいものがあると言われました。


そう、俺はまだこの世にやり残したことが嫌になるほど残ってる、その想いをたくさんの人から寄せられた応援が後押ししてきっと今を生き続けていれるんだと思っています。



しかし、そんな執念だけでは太刀打ちできない数々の困難がこの1年待ち受けていました。


過去の醜態を笑い話に変えることは得意な俺だけど、今の困難に立ち向かうのはやはり大変だし本当は誰かに助けを求めたい、それにそんな現在の姿を母親や去年結婚して嫁いでいった妹に見せるわけにはどうしてもいかない。


そんな思いから、ブログの更新をやめ、Twitterのアカウントを消しました。



いいおっさんの泥臭く抗う姿は、フィクションとしてスマホの向こうの知らない人だけに届けばいい。


身近な大切な人にとって、現在進行形の俺の話はノンフィクションで今の話はもっともっと先。


本当に安心させることができる時に、ゆっくりと話せばよい。


そう思ってます。


ま、みんな知ってると思うけどおれにはどこでもそれなりに対応することのできるゴキブリ並の生命力を持っています。


次、みんなの前に現れる時はそれなりに前向きになる話を持っていきたいと考えております。


1ヶ月放置すると完全に消えてしまうからたまーにログインすると思うけど、もうしばらく抗って見ようと思います。


色々と、暗いニュースが多い世の中ですが


日本死すともしゃかびは死せず!!

しゃかびの夜明けは近いぜよ!!


2024.5.3

しゃか本龍馬よりありったけの愛を込めて。




最初から読む

 

 

 

 

 

 

※ブログの内容の殆どはせん妄と言われる幻覚症状が引き起こした被害妄想です。

 初見の方が見えましたらこちらから読んで頂けると幸いです。

 

 

 

 

 

  因果応報

 

 

 

 

 

 麻酔が効かない。

 

 

 

 

 

 緊急手術の段取りに入り、私の身体に麻酔の点滴が入ってもう1時間が過ぎようとしていた。

 

 

 身体の中に、新しく別の薬品が染み渡っている実感はあった。

 

 

 身体の動きは鈍くなっているようには感じていたし、あと少しで眠りに落ちるような気もしていた。

 

 

 しかし、麻酔の効果によって私が深い眠りに就くことはなかった。

 

 

 なんとか目を閉じて眠りに就こうと足掻いたが、瞼の裏にまで幻覚が進行してきて閉じ続けることはできなかった。

 

 

 

 

 

 これまでの覚せい剤や他の薬物の使用歴が原因でこんな事になってしまった。

 

 

 

 

 

 自分の人生の正念場、それも生きるか死ぬかの瀬戸際でこれまで自分が好き勝手に生きてきたツケが回ってきてしまった。

 

 

 研修医を信じて、命を預ける決意をした。

 

 

 難しい手術になるかもしれないが、研修医は私の命を救うために必死に動いてくれていた。

 

 

 全て台無しにしたのは私のせいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 私が好き放題生きてきたせいで病気にかかり、好き放題生きてきたせいで麻酔すら効かない身体になってしまった。

 

 

 

 

 

 因果応報だ。

 

 

 

 

 

 

 俺は病院に殺されるんじゃない。

 

 

 自分の生きてきた人生のツケを精算するために俺は死ぬんだ。

 

 

 手術すら受けることができず、このまま苦しみながら息絶えるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

  ・・せんせい、・・・おれ、・・ますいきかないや。

  ・・・しゅじゅつ、・・・できないね。

  ・・ごめんなさい、・・おれがしゃぶやってたからだ。

  ・・・・せんせい、ほんとうにありがとう。

 

 

 

 

 

 

 現実と無意識の間で、研修医にそう言った。

 

 

 

 ここまで足掻いた、叫んだし、暴れもした。

 

 

 

 もう、これ以上私にできることは何もなかった。

 

 

 

 

 

 迫りくる死を受け入れて待つ。

 

 

 いや、受け入れるなんてそんな心境では無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は生きることを諦めた。

 

 

 

 

 

 

 

  バグ

 

 

 

 時間は既に朝の5時を回ろうとしていた。

 

 

 手術はしない、というよりも私に意識がある以上できない。

 

 

 それが研修医の見解だった。

 

 

 

 

 今日の午前中に主治医が来るのでそれまで待っていてください。

 

 

 

 

 死期の近い患者にそんな悠長なこと言うのか、とも感じたがそれがこの研修医にできる最大の誠実さなのだと受け入れることにした。

 

 

 意識は虚ろだったが、もう眠るわけにはいかなかった。

 

 

 眠った時が私の最後かもしれない。

 

 

 生き続けるためには起き続けるしかない。

 

 

 

 

とても大袈裟に聞こえるかもしれないが、ネットも使えず誰にも相談ができない状況下で私の思考はとんでもないバグを引き起こしていた。

 

 

 

 黙って目を閉じいていたら眠ってしまう。

 

 

 起床前の薄明かりの中、私は虚ろな目を必死に開けて5感を研ぎ澄ませ周囲の様子を探った。

 

 

 すると、私を殺そうとした看護師と私を救おうと尽力してくれた研修医が話す内容が耳に入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 その内容を聞いて私は耳を疑った。

 

 聞けば聞くほど絶望は深まった。

 

 そして私は誰も信じることができなくなった。

 

 

 

 

 

 

  虚偽

 

 

 

 

 私に投与されていた麻酔だと説明された点滴は、実は別の薬品だった。

 

 

 

 看護師と研修医の会話を聞いて私は驚愕した。

 

 

 麻酔効果のない薬品の点滴の上から、麻酔薬のカバーをかけたのを私に投与したのだ。

 

 

 実際に点滴を確認してみると透明なカバーに書いてある名称と内側の名称は違うものになっていた。

 

 

 私の中である疑念が浮かび上がった。

 

 

 

 

 

 最初から手術なんてするつもり無かったんじゃないか?

 

 

 

 

 

 手術すると言ったものの、私のカルテを見てとても自分には手が施しようがないと麻酔の代わりに別の何かを点滴した。

 

 

 点滴が効かないとなると手術どころではないし、執刀しなかった医者も責任に問われない。

 

 

 ・・・そうか、看護師もグルか。

 

 

 ICUには大量の薬が毎日届けられるため、医療廃棄物も多く発生する。

 

 

 本来であれば、廃棄物の発生原因をハッキリさせないといけないのだが、常に緊急の患者が収容されているICUにおいてそんな綺麗事は言っていられない。

 

 

 いかに、医療廃棄物のずれを誤魔化すことができるかが看護師の腕の見せ所なのだ

 

 

 直接、私のことを殺すのは不可能だし夜が明けてしまえば、死因を誤魔化すことは難しくなるからこの研修医と結託して自然死に見せかけて殺すつもりだったんだ。

 

 

 病院という閉鎖的空間の中で、医者と看護師という立場を使えば私のことを殺すのは簡単だし、それを自然死に見せかけるのも容易いことだ。

 

 

 

 

 

 これが、病院。

 

 

 

 それも重篤な患者を取り扱うICUという場所の現実なのか。

 

 

 

 ここでの死はそんなに軽いものなのか。

 

 

 

 人の命をそんなにぞんざいに扱うのか。

 

 

 

 常日頃から死と向き合っている職種だからこそここまで冷酷になれるのか。

 

 

 

 それとも、もともと私は助からない運命だったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の中の被害妄想は留まることを知らなかった。

 

 

 とにかく朝が来るのを待つしかなかった。

 

 

 朝が来れば人が来る。

 

 

 主治医が来ればもっと詳細なことが分かる。

 

 

 絶対に目を閉じるな。

 

 

 一時は、生きることを諦めて迫りゆく死を覚悟したが、研修医と看護師とのやり取りを目の当たりにして生への執着が蘇った。

 

 

 

 

 

 絶対に生きてやる。

 

 

 

 

  

 

 

 

 朝7時、薄暗いICUに照明が灯った。

 

 

 夜を越えることができた。

 

 

 別の看護師が体温と血圧を測りにやってきた。

 

 

 自分の病気が原因なのか、それとも一睡もせず叫び暴れた披露なのかわからないが身体を動かすことはできなかった。

 

 

 ベッド上で宙を見上げて溢れ出す涙を抑えることはできず、嗚咽のままに交代でやってきた看護師に私はこう話しかけた。

 

 

 

 

 生きて朝を迎えることができました。

 

 

 本当に良かった。

 

 

 生きさせてくれてありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 紛うことなき本心であったが、私に巣食う譫妄はなにも消えてはいなかった。

 

 

 

 

 

 (続く)

 

 

 

※今回のブログは筆者がせん妄状態の中で起きた話です。

 事実とは異なる内容や文章に辻褄の合わない部分が含まれている可能性もあるのでフィクションとして読んで頂けると幸いです。

最初から読む

 

 

 

 

※ブログの内容の殆どはせん妄と言われる幻覚症状が引き起こした被害妄想です。

 初見の方が見えましたらこちらから読んで頂けると幸いです。

 

 

 

 

  手術

 

 

 

 時計は既に0時をまわり丑三つ時を過ぎていた。

 

 

 

 

 暴れるだけ暴れ、叫ぶだけ叫んだおかげで窮地を脱して、閉塞的空間で理不尽な殺され方をされることは回避できたが、その次に私を襲ったのは肉体的な苦しみだった。

 

 

 次第に息が苦しくなり、身体は更に締め付けられ、視界がどんどんとか擦れていった。

 

 

 今夜の当直だという研修医に体調の悪化を伝えた。

 

 

 明日の朝、主治医が来て診察方針を決めるのだがそれまで辛抱できないか問われたが、当時の私にあと数時間も待っていられるほどの余裕は無かった。

 

 

 きっと、朝までは身体が持たないかもしれません。

 

 

 正直に伝えた。

 

 

 この研修医に、自分の命を預ける。

 

 

 何もせずに命が尽きるくらいであれば、この医者に一縷の望みを託して賭けるしか無かった。

 

 

 そう決心をした、黙ってこのまま死ぬなんてまっぴらだった。

 

 

 

 

 そして研修医はどこかに電話を入れて手術室を確保した。

 

 

 

 手術は先生が執刀してくれるんですよね?

 

 

 

 

 そう尋ねると、研修医は黙って優しく頷いて緊急手術の準備に入っていった。

 

 

 

 

 

  戸惑

 

 

 手術の準備が整うまでに、新しい点滴が私の体内に追加された。

 

 

※写真はイメージです

 

 

 足元に点滴を入れるための管が挿しっぱなしになっているので、新しい点滴はそこに刺すだけで大丈夫だった。

 

 

 麻酔の点滴に、それを薄めるための溶液。

 

 

 それに、輸血のような赤い液体の入った点滴。

 

 

 よく見たら、赤十字の模様の下に(これは血液ではありません)との注意書きがあった、よくわからないがとにかく自分の身体にメスが入り、なにか悪い腫瘍を除去してくれるのだろうということだけは分かった。

 

 

 10日以上食事を取っていない私の体内に新しい薬液が入ってくる度に、薬品の無機質な味わいが身体を通じて広がっていった。

 

 

 麻酔が身体に染み渡るのを感じながら、目が覚めた時に自分がちゃんと生きているのか、死後の世界はどんなものか、今の一瞬が人生の最終地点であるかのような気がして、すぐそこで口を広げて待ち受けているであろう自分の死を想った。

 

 

 

 

 自分の病気がなんなのか

 

 これから始まるであろう手術が一体どんな手術なのか

 

 一体どこのどの腫瘍を切り取るのか

 

 

 

 なにひとつ知らなかった。

 

 

 今、聞いたところで理解もできなければ受け入れることもできない。

 

 

 なにより、本当の自分の容態を知ることは、当時の私にとってあまりにも残酷だった。

 

 

 

 

 

  麻酔

 

 

 

 麻酔の点滴が効いてくるまでの間、私は視線で研修医の動きを追った。

 

 

 疑り、というよりも研修医の言動から少しでも自分の状態を読み取りたい、そんな心境だった。

 

 

 研修医はナースセンターにあるPCモニターに映るCT写真を見ながら、看護師と何かを喋っていた。

 

 

 モニターに映る写真は私の場所からもよく見えた。

 

 

※写真はイメージです

 

 

 肝臓が異常なまでに膨張し、背骨周りもありえないほどの大きさの腫瘍が付いていた。

 

 

 

 まるでフォアグラみたい、それもここまで大きなのは見たことがない。

 

 

 ついさっきまでは私を殺そうとしていたあの看護師が、おちゃらけて話しかけるのを研修医が諌めた。

 

 

 しかし、それが誇張でないことは明白だった。

 

 

 私から見ても明らかに異常だった。


 

 その後。看護師が見回りでその場を離れて、ひとり残った研修医は私のCT写真を再度見ながら腫瘍をどう切除するのかシュミュレーションをし始めた。

 

 

 画像に赤いマーカーで線を入れて切除する箇所を決めていくのだが、どう考えても大手術になるのは明白だった。

 

 

 

 一見しただけで30箇所以上、私の臓器にメスが入る。

 

 

 

 

 手術というものをこれまでに受けた経験は無いが、CT画像と向き合う研修医の緊迫した表情を見て、もしかしたら手術したところで助からないのかもしれないという諦めに近い気持ちが湧いてきた。

 

 

 手術室へ搬送する手筈が整い、ICUのインターフォンが鳴ったが研修医は無視をした。

 

 

 これまでの経験で、ICUのインターフォンは鳴っても基本的に10分以上は放置しても構わないということは知っていた。

 

 

 とにかく、できるだけの準備をして手術に取り掛かるまで時間を引き伸ばしてくれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ時間は残されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ麻酔も効いていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ効いていない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に麻酔の点滴を投与されて1時間近くが経過していた。

 

 

 麻酔が効いていない?!

 

 

 手術への不安と並行して、手術を受けることができないかもしれないという新しい不安が頭を擡げてきた。

 

 

  自業自得

 

 

 

 

 きっと、以前に覚せい剤を使っていたのが原因かもしれない。

 

 

 

 薬物依存症者は麻酔が効かなくなると聞いたことがある。

 

 

 

 因果応報だ。

 

 

 

 悔しくて涙が溢れて頬を伝った。

 

 

 

 頭上の心電図モニターに映る数値は無情にも下がり続けて私の命の終わりを予見していた。

 

 

 

 (続く)

 

 

 

 

※今回のブログは筆者がせん妄状態の中で起きた話です。

 事実と異なる内容が含まれている可能性もあるのでフィクションとして読んで頂けると幸いです。