こんばんは。
ご覧頂きありがとうございます😊
本日も想像力と歌は世につれというテーマで
テムプルの愛国者(1936)
(原題:THE LITTLEST REBEL)
という映画を解説してみたいと思いますのでどうぞよろしくお願いいたします。
★歌は世につれとは?
↑本シリーズの概要はコチラ!
本作は1936年に公開されたアメリカ映画。
前回ご紹介させて頂いた「スター・ロンリー」で、インパーソネーターのマリリン・モンローが、自分の娘はシャーリー・テンプルだと紹介していますが、シャーリー・テンプル (テムプル)とは、伝説的な天才子役として認められたスター俳優。
シャーリー・テンプルは1928年生まれですので、1936年に公開された本作の彼女はまだ6歳!
そんな6歳の女の子が演じているのは、国内で南北に別れて対立していたアメリカ人の心を結び付ける役割を任じた南部の小さな反逆者 (THE LITTLEST REBEL)だったのです!
「ミスター・ロンリー」では
エリザベス女王とヨハネ・パウロ2世に
挟まれて紹介されていた
インパーソネーターの
シャーリー・テンプルでしたが…
本物のシャーリー・テンプルが
6歳で演じたのは
敗戦した南軍の将校の娘という
難しい役柄だったのです。
「キネマ旬報社」さんのデータベースによれば本作の解説は以下の通り。
ふふふ。
そんな本作の冒頭のストーリーは以下の通り。
① アメリカ南部の名門ケイリイ家には、ヴァージーという名の6歳の娘がいました。ヴァージーはマナーが誰にでも優しく接するマナーの良い娘ですが、自分の意志はハッキリと持っており、父母に我儘を言ったり甘えたりはしない女の子でした。
黒人たちにも差別的でなく
良い関係を築いていたヴァージーは
ケイリイ家の娘である事を
しっかりと自覚している少女でした。
② ですが南北戦争が勃発して父親のケイリイ大尉が出征し、ヴァージーの家の周辺が北軍の支配地になってしまうと、北軍の兵士たちは、ケイリイ家の家畜や家財などを奪うようになりました。
上司がいないと、調査を称して
ケイリイ家の家財を奪おうとする
北軍の兵士たち。
③ 戦場で家の状況を知ったヴァージーの父親は、危険を侵して自宅にもどりヴァージーや妻を励ましますが、その後も戦闘は激しさを増し、遂にはケイリイ家は焼失し、落ち延びたヴァージーの母親も瀕死の状態となってしまったのです。
一度は帰宅し、家族を励ました
④ 妻が危篤なのを知った大尉は、戦線を離脱してヴァージーたちに会い行きますが、到着した直後に母親が死亡してしまったため、ヴァージー一人を残して戦地に戻る訳にはいかないと思ったケイリイ大尉は戦線を離脱する事を決意しますが、その時、ケイリイ大尉が近くに来ている事に感ずいた北軍のモリソン大佐が、ヴァージーたちが潜んでいた家を捜索しにやって来てしまったのです!
母が死を見せたくないケイリイ大尉は
ヴァージーを部屋から出しますが
母が死んだ直後に、モリソン大佐が
大尉の捜索にやって来てしまったのです!
さて、果たしてケイリイ大佐は、無事にモリソン大佐の捜査を潜り抜け、ヴァージーと共に戦場を脱出できたのでしょうか?
それは是非、皆さん自身の目でご覧になって頂ければと思います。
父親が来てないよう見せるため
使用人たちとダンスに
興じるフリをするヴァージーの
明日はどっちだ!?
皆様がご覧になる楽しみを奪わないよう、これ以上詳細を書く事は差し控えさせて頂きますが、本作は南北戦争の南軍、北軍のどちら側も悪者として扱わないように意図されて作られた作品。
南北戦争と言えば1861~1865年の戦争ですので、映画が公開された1936年においては、アメリカ人にとって、まだ記憶に新しい戦争であったと考えられ、どちらか一方に与するような作品を作ってしまえば、過去の対立を蒸し返す事になりかねないと考えたデヴィッド・バトラー監督が、可能な限り戦闘シーンを排除した上で、敗北した側である南軍の将校の娘ヴァージーの姿を描く事で、どちら側の観客からも支持されるような作品にされたのではないかと推察されます。
そう。
社会の特定のグループのメンバーに不快感や不利益を与えないように意図して作られるものがポリティカル・コレクトネス。
経済格差やポリシーの乖離などによって国内が二分され、両軍に多数の死者を出した南北戦争は、終結後も双方に禍根を残すような状況を作り出しましたが、1900年初頭に誕生した映画というメディアでは、そんな南北の分断を和らげようと意図して作られた作品も少なくなかったのです。
映画の終盤、ヴァージーが
会いに行ったのは北軍のトップの
アブラハム・リンカーン!
アブラハムを尊大にも描かず
ヴァージーを惨めな少女としても
描いていない本作は
戦争が終わったら
いがみ合わずにお互いの尊厳を
尊重し合おうという
製作者の配慮だと思われます。
私見ですがそんな本作はアメリカの南北戦争下で、困難に立ち向かった6歳の少女ヴァージーの活躍を描いた作品として観る事もできる作品かもしれませんが社会の特定のグループのメンバーに不快感や不利益を与えないように意図して作られるものがポリティカルコレクトネスであるのであれば、近年のメジャーな映画会社が発表される作品が本当の意味でポリコレ的なものなのかを考えるための比較対象となる作品としても観る事ができる作品ではないかと思うのですが、皆様はどう思われるでしょうか?
本作でヴァージーがダンスを踊る時は
自分の為ではなく、
誰かの為に必要だと思った時!
まだ6歳のヴァージーが
スキャットしながら向かったのは
アブラハム・リンカーンの元。
こんな健気な女の子を
攻撃するなんてできませんよね😆
ヴァージーのかわいいスキャットはコチラ!
という訳で次回は
インフェルノと言えば??
というテーマで
ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー
:リミックス
という映画を解説してみたいと思いますのでどうぞよろしくお願いいたします😘
ではまた(*゜▽゜ノノ゛☆
★おまけ★
併せて観たい誰も傷つけない作品
「オンネリとアンネリのおうち」
本作はフィンランドの
女の子向けのファンタジックな作品!
スウェーデンでは1980年代頃から、
定期的に女の子向けのファンタジー作品が
製作されており、どの作品もみんな
登場する誰かを責める事はしない
他者を傷つけないよう
配慮されている作品なのです。