こんばんは。

ご覧頂きありがとうございます😊

 

本日もグラインドハウス今昔物語というテーマで

 

飢えた侵略者(2017)

(原題:LES AFFAMES

 

という映画を解説してみたいと思いますのでどうぞよろしくお願いいたします。

 

★グラインドハウス今昔物語とは?

今月は、2020年10月に開催させて頂いた"想像力とおうちでグラインドハウス"の続編。

かつてホラーやサスペンスなどのB級作品を好んで公開していたグラインドハウスと呼ばれていいた映画館で人気を博していたような作品の過去と現在というテーマで、グラインド・ハウス系映画の新旧比較をお送りさせて頂いております🎃👻💀😆

 

 

 

現代のグラインドハウス劇場と言えば…

 

本日の作品はNetflixで配信されているオリジナル作品!

 

そしてNetflixで配信されているオリジナル作品の中には、恐ろしく残虐であったり、過激な表現であったりする作品も少なくありません!

 

 

映画館のシネコン化が進み、グラインドハウス系劇場が姿を消しつつある現代においては、グラインドハウス系作品の発表の場は、Netflixのような配信系コンテンツに移行しつつあるような気がしています!

 

 

ですが、本作のようなメジャー作品を上映する映画館では絶対に上映されないような"知る人ぞ知る"ホラー映画にとっては、あまり人の出入りする事のなくなってしまったグラインドハウス系劇場から、自宅やスマホなどに発表の舞台が移っている事は、むしろ良い事なのかもしれません😊

 

本作は、兵隊でも英雄でも勇者でもない、ごく普通に生きている私たちが、ゾンビが蔓延する世界でどのような最後を迎えるかを描いた、ちょっと泣けるホラー映画なのです…

 

↑「ゾンビと戦う映画」や「ゾンビからの脱出」ではなく

 「ゾンビが蔓延する世界で、どんな最後を望みますか?」

 という問いかけをして来るような作品なのです!

 

 

 

アバウトなストーリー 

 

Netflixさんの公式サイトによれば本作の解説は以下の通り。

 

ケベックの田舎町で、住人が次々とゾンビの毒牙に侵されていく中、無傷の者たちは生き残りをかけ力を合わせる。

静かに流れる時間が逆に恐怖をあおるスリラー映画。

 

 

ん?
 
ケベック州ってどこ??
 
 

はい。

 

ケベック州はカナダの北東部に位置する森林地帯!!

 

 

本作はゾンビが蔓延した世界を描いている映画なのですが、カナダは日本の約27倍という広大な国土にも関わらず、人口約3800万人という人口密度が極めて少ない国!

 

ケベック州は日本の4倍の面積を持ちながらも、約800万人の人口の多くは州都モントリオールに集中していますので、本作の舞台となっている森林地帯では、人口はもちろん家もまばら!!

 

 

 

 

そんな辺境の地でゾンビが蔓延してしまったために、住人たちは状況を把握する事もできず、いくつかのグループに分かれて未曽有の状況に対応していました!

 

高校時代の悪友のボニンとヴェズィナは、バンで車を走らせながら森にいるゾンビを1体ずつ始末していましたが、ヴェズビナは息子の同級生の女の子と母親のゾンビを発見した時、思わず銃口が鈍り、母親に噛まれてしまい死亡してしまいます…

 

↑「あ。息子の同級生の女の子がゾンビに…」

 と、撃つをためらった隙に殺されたヴェズビナ。

 

 

一人で自家用車に乗っていたセリーヌは、キチンとスーツを着ているにも関わらず手にはマチェーテを持ち、道で見かけたゾンビをおびき寄せて問答無用で虐殺!!

 

↑大音量でカーステレオをかけ

 おびき出したゾンビをマチェーテで切り殺すセリーヌ!

 

 

 

老婆のテレーズとポーリーヌは、家に引き籠って誰か助けが来るのを待って今いますが、やって来たのはセリーヌ一人だけ。

 

ゾンビに噛まれていないのを確認した2人はセリーヌを家に招き入れ、3人は事態の推移を見守る事にします。

 

 

 

 

一方、ゾンビとなった自分の妻に足を噛まれた老人レアルは、森の中で猟銃を持った少年ティキュルに出会います。

 

ティキュルは、ゾンビに噛まれた家族を自分の手で射殺した後、森を彷徨っていたのです。

 

↑自分を噛んだ妻の死体をじっと見つめるレアル。

 

 

 

…ねっ。

 

本作には兵隊も、英雄も、事態を打開してくれる救世主も出て来ませんね汗汗

 

 

 

 

さて、そんな登場人物たちは、ゾンビに寝食されつつあるケベック州で、一体何を想い、どんな運命をたどる事となるのでしょうか?

 

 

それは是非、皆さん自身の目でご覧になって頂ければと思います。

 

 

 

 

 

 

グラインドハウス今昔夜話 "感情を喪う喪失感"

 

皆様がご覧になる楽しみを奪わないよう、これ以上詳細を書く事は差し控えさせて頂きますが、本作は映画を観て行く過程で、登場人物一人一人が、どのような性格で、どんな人生を歩んできたのかが明らかになっていき、そんな彼等に親近感が湧いてきた頃、哀しい別れが始まっていきます!

 

 

彼等は英雄ではありませんが、一人一人自分らしく生きてきた"人間"です。

 

それまでの彼等の人生には燦然と輝くような経歴はありませんでしたが、かれらはゾンビが蔓延してしまった世界で、何とか活路を見出そうと協力し合ったり、勇気を見せたり、困難に立ち向かったりして行きます。

 

 

 

そう。

 

人間というのはどういう人生だったのかではなく、今からどう生きていくのかが問われる生物!!

 

 

 

名作「ポセイドン・アドベンチャー」で、偶然同行する事となった乗客たちが、いがみ合ったり泣きわめいたりしながらも、一縷のの望みのために勇気を振り絞って船室に向かって歩いて行ったように、ケベック州でわずかに生き残った平凡な人々が、絶望的な中でも、最後希望の為に散っていく姿は、「スター・ウォーズ・ローグワン」の登場人物たちのように、観客の涙を誘うのです😥😥😥

 

 

尚、本作の原題は「LES AFFAMES(飢え)」

 

ゾンビ映画で「飢え」と言えば、ゾンビたちが人肉を欲する衝動の事ではないかと思われるかもしれませんが、私見では、本作における「飢え」は、ゾンビとなった人たちの生きる目的を失った事による「渇き」のような感覚ではないかと思います。

 

↑愛犬が走り回っていても反応しないゾンビ。

 けれど彼等は、そんな自分をどう思っているのでしょう?

 

 

 

オモチャを見ても、椅子を見ても、それが何を意味するものだったが分からくなってしまったゾンビたちは、どうにかして記憶を取り戻せるようにとオモチャや椅子をトーテムポールのように積み上げ、それをじっと見続けています。

 

平凡ですが、希望の為に行動して死んでいった人間たちと、人間を制圧しても、その後の目的を見出せず呆然と立ち尽くすだけのゾンビたち…

 

↑かつて自分たちが使っていたものを積み上げ

 ぼんやりと見つめているゾンビたち!

 彼等の心に去来する感情は!?

 

 

中島哲也監督作品の「渇き。」が、精神的な渇きであるのと同様、本作もまた、ゾンビになって失われてしまった感情の渇きだとするなら、本作のラストシーンも趣があるものではないかと思うのですが、皆さんはいかが思いますでしょうか?

 

↑ジョージ・A・ロメロ監督作品「ゾンビ」では

 ゾンビが目的もないのにショッピングモールへ

 続々と集まって来る理由を

 「彼等は生前の習慣への固執」と喝破していますが

 本作ではそれを「生前にあった感情への渇望」と

 言い換えているのではないでしょうか?

 

 もし人間がが死んでゾンビとなった後

 生前の感情を渇望して彷徨い続けるのなら…

 ちょっと悲しすぎますね😨

 

 

 

 

 

 

という訳で次回は

 

道に迷って…

というテーマで

 

クライモリ

 

という映画を解説してみたいと思いますのでどうぞよろしくお願いいたします😘

 

 

 

ではまた(*゜▽゜ノノ゛☆

 

 

★おまけ★

併せて観たいグラインドハウス系映画
「コリン LOVE OF THE DEAD」

 

本日の作品より前に「もしゾンビに、過去にあった感情への渇望があったら?」というテーマで描かれた、恋人のいる青年のゾンビ映画!

 

彼が徘徊している理由は、決して人肉への渇望だけではなかったのです…