1972年(昭和47年)5月15日(月)0時の『沖縄返還』から51年になります。≫
沖縄は、1951年(昭和26年)9月8日に署名されたサンフランシスコ講和条約に依り1952年(昭和27年)4月28日からアメリカ合衆国の統治下に置かれ、日本との往来にはパスポートが必要となっていました。
また、通貨はドル、交通方法も車は右側通行だった様です。
なお、『沖縄返還』の当日は、雨模様だった様です。
以前、職場で沖縄県出身の方と一緒だったことがありますが、子供ながらに一夜で様々なことが一変するのは大変だったと仰っていました。
やはり、国土・領土は一時的であったとしても占領されたり侵攻されたりすると復帰・復興は相当に困難を伴うので、万が一にもその様な事態に陥らない様な方策・準備が必要だと強く思います。
(力に依る現状変更を試みようとしている輩国家があり、非常に心配しています。それと、北方領土は未だに未返還です。)
●沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律(昭和46年12月31日・法律第129号/改正令和3年3月31日・法律第11号)
●サンフランシスコ講和条約
署名:1951年(昭和26年)9月8日
発効:1952年(昭和27年)4月28日
発効:1952年(昭和27年)4月28日
- 講和会議欠席国:インド、ビルマ、ユーゴスラビア
- 非署名国:ソビエト連邦、ポーランド、チェコスロバキア
- 非招待国:中国(中華民国、中華人民共和国)
- 不参加国:朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国
※サンフランシスコ平和条約起草過程における竹島の扱い≫
※外務省: 日本外交文書 サンフランシスコ平和条約 調印・発効≫