なぜ人は物事が何か発生すると焚き付けるが如く面白おかしく便乗する方に持っていくのだろか?
最近、人間の心事態が貧しくなってきたから妬み嫉妬など人間が人間を追い詰める世界になってきたのだと思う。
だからと言って、人間の命まで奪っていい道理すらない。
人が人であるために、人の境界線は越えてはならない。
それを越えた時点で人が人でなくなり鬼となり人としての心すら無くなり貧しくなる。
人が人である前に命と向き合った時、人は無力で何も出来ない。
奪われ命は二度と戻らない戻れない、
この世界はゲームの世界では無いからだ、本当のリアルな世界だからリセットもリスタートも無い何かあって人の命が散るのには何か理由がないと命が散るわけもなく、原因があった時仮に誹謗中傷が起きた時、火種がない限り起こりうる分けがない。
リアリティーショーをやるとしたらカウンセリングを受けさせる様に促すのではなくカウンセリングの方も専属で居なくてはならないと思う。
それが炎上していたシーンがあったなら尚更で人を商品=お金としか考えていないのであれば優秀だろうが偉かろうが番組制作に携わならない方がいい。
何故なら、人を使うとは簡単ではない命に関わることだってある命を軽んじてるなら番組制作、放送に携わるべきではない。
リスクを背負わない仕事があるのだろか?
仮に身内で同じ事が発生したらどんな気持ち。
全く同じ事言われたらどんな気持ち。
その人の変わりなんて何処にも居ない。
どんな気持ちか教えてよ。
番組で過呼吸発生してる時点で問題点だらけなのに淡々と説明してる気持ち教えて。
ねえ、コンプライアンスがあるから出さないけど某テレビ局の方々教えてよ。
無情の世の中なり!
なぜ、自分が悪い事をしたのに自分を正当化してあの人のせいで、自分がこうなったから自分が正しいと思っている人がいるとしょう。
だからと言って、人を傷つけて良いと言う話ではない、ユナがいじめられるのはユナが悪いからだから私は悪くない。
マサキに殴られ倒れたことで、恥を欠かされた屈辱を、根に持った少年が一人居た。
少年は隣街のガキ大将をお菓子で誘惑しマサキに仕返しを考えていた。
そして、放課後空き地にマサキを呼んでマサキが到着した時だった。
ガキ大将と少年も現れ少年がガキ大将に何か話しをしていた。
ガキ大将が「お前がマサキとか言う奴か?」
「お前には恨みは無いが懲らしめてやる」
そう言いながらマサキの前に立ち上がった。
でも、ガキ大将の様子が明らかに変わった。
ガキ大将が「もしかしてアサ兄さんの弟のマサキじゃん」「何だ、川に落ちたときアサ兄さんに助けられたダイキだよ」
マサキ「あの時のダイちゃん」「隣街に居たとき以来だよね」
二人の話しは小学生にしては話が尽きなかった。
その時だった、雲行きが怪しくなって来たので少年は立ち去ろとした時だった。
ガキ大将が「マサキ君に何かしたら許さないからな」
少年は「はい」と言いながらこうなるとは思わなかった。
それでも、マサキを殴ろとした自分が許さないガキ大将は少年を殴ろとした時だった。
少年が殴られそうになった時マサキが身をていして止めたのだった。
マサキはガキ大将に拳の話しを、アサヒから教えられたように話しそれに感動したガキ大将は男泣きをし、仕返しを仕掛けた少年はマサキの行動にびっくりし自分が悪かったと反省した。
少年は自分がいじめられた時、誰も助けてくれず歪んだ心になった時ユナの件でマサキと出会い、いじめの仕返しをしないマサキが輝いて居たのかもしれない。
その後、この三人は腐れ縁の如く太い絆で結ばれマサキが消えてユナに訪れる不幸な出来事から助ける話はまだまだ先の話である。
今宵の話しはこれまでにしましょう。


アメリカの方で小さい少女が犬に襲われていたのを少年が助ける話しを聞いて感動した。
妹を助ける為に自分を犠牲にしてまで助けた。
少年も「誰か死ななければいけないとしたら、僕であるべきだ」
この話しを聞いた時、人間の本質を見た気がする涙が止まらない。
この世界無情だらけだが捨てちゃもんじゃない。
人間の心を再確認できた出来事。