おれは友人であるCさんと同程度の子煩悩だ。それはつまりかなり重症ということを意味する。
去年の年末あたりから、親の気掛かりは娘の高校受験であった。どの高校へ行くことになるのか。本人がガンとして譲らない第一志望校に行けるか、第二志望だって楽に受かるような高校ではない。
一方、大学院2年の息子については当然卒業するだろうし、就職もほぼ決まっていたし、ほとんど心配することはなかった。
息子から、水曜日から下宿先に住む、と聞いたのは昨日の夜だった。
水曜日って今週か?
うん。
今月の初めに娘の第一志望校への進学が決まり、ほっとしていたら、あっという間に息子が家を出て一人暮らしを始める日が近づいていた。去る日曜日に、自家用車で息子の家財道具を一式、下宿先に運んだ。運んだ家具などを部屋で配置しているうちに、息子はほんとにここに住むんだなという実感がわいてきた。しかし家を出るのが明後日になるとは思ってもいなかった。
娘の受験にかかりっきりで、息子のことをほとんどかえりみることがなかったここ数ヶ月の時間を今になって惜しむ。
だが待て、それはここ数ヶ月だけのことだけだろうか。
思えば娘が生まれたその時からずっとその傾向はなかったか?
息子と娘は8歳離れている。小さな頃からじゃれあって遊ぶような歳の差ではなかった。
歳をとってから生まれた子ほどかわいがるものだ、とは思ったことはない。だが、どうしても幼い子ほど気にするし、手をかけるというのはしかたのないことだ。
これは不思議なことで、でももしかしたら2人以上の子を持つ親なら誰もが経験していることかもしれない。娘が生まれたばかりの頃、娘の世話をし終えて、ふと息子を見ると急に息子が巨大化して見えた。これは冗談でもなく、一度だけでもない。わっと驚くほどデカく見えた。それはそうだ。両手に乗るほど小さい娘と小学2年生の息子の体格差は大きい。
息子はその時以来、時々、あるいはいつも、娘ばかりが優先されていると感じてはいなかったか。今になってそんなことに気がついて内心、狼狽するようである。ここ数日、そんな思いをして過ごして来た。
思い出す。息子は乳離れが遅い子だった。このままではおっぱいを飲む小学生になる、というので家内がいろいろ策を弄して乳離れさせた。もともと甘えん坊だった息子。娘が生まれてから幾度となく淋しい思いをしたのかもしれない。
だが、息子はそんなことを一度も言ったことはなかったし、そんな素ぶりを見せたこともなかった。
そして家内のことを思った。彼女は息子を産んだあと、実に几帳面にこれでもかというくらい息子の成長記録をつけていた。枕元にメモ帳をおいて、食べた量、おしっこやうんちの回数、睡眠時間など。娘にはそんなことはなかった。
息子が家を出るにあたって、おれなんかよりずっとずっと淋しい思い、その言葉が適切なのか分からないが、をしているのは家内の方だ。そして彼の自立を誰よりも喜んでいるのも家内に違いない。それだけは間違いない。
母親は強い。そして父親なんて弱いものだ。おれだけかもしれないが。こんなしみったれたことをつぶやくおやじもなかなかいないかもしれない。
高校を出てすぐに一人暮らしをする人だって少なくない。大学4年を終えれば自立するのが普通かもしれない。それに2年もプラスして一緒に生活できたことに感謝すべきかもしれない。
まじめすぎるからなあ、息子は。少しは怠けるとかズルをすることも覚えろ、なんて、それの権化みたいなおれが言ったら迫真極まって冗談に聞こえないかもしれないから言わないほうがいいか。ははは。
おれにとっても、家内にとっても、娘にとっても3匹の猫ちゃんたちにとっても息子がこの家にいないのが日常になる。
朝に弱い息子だ。パンをくわえて駅へ急ぐ朝が日常になるだろう。
それぞれに、それが当たり前の日常に、すぐになる。