前回の続きです。
人々は隣町の錬金術師の家を訪れました。
「ごめんくださいませ。」
錬金術師は表で呼び声が聞こえたので、家の玄関の扉を開けると驚いた顔で言いました。
「なんですか、この騒ぎは。こんなに沢山の人で押しかけるなんて。いったい何のようですかね?」
「いやいや、これは失礼いたしました。私は隣街で住職をやっておる者でして。ここに集まって来た者達の世話役をやっております・・・あいたたた。」
いかにも高齢の住職は、腰を叩くと話を続けました。
「ご覧の通り、わしが一番の年長者なものだから代表者などをやらされておりましてな。実は言いにくいことなのですがな、最近檀家の数が減ってしもうての、ちと寺の修繕費が足りないものでの、なんと言えばいいのか・・・いやいやお恥ずかしい・・・ふっひょひょひょ。」
「いったい何が言いたいのですか・・・さっぱり分かりませんぞ。私にどうしというのですか。」
すると、赤ちゃんを抱いた若い母親が前に出ると言いました。
「もう、おじいちゃん。ちゃんと言いなさいよ・・・ごめんなさい、和尚さん高齢なものだから。実は私達、困ってますの。ここに集まった人達は、どうにもこうにも手持ちの似顔絵付き紙切れの数が少なくて少なくて、困ってますの。そこで、有名な錬金術師さんに頼べば、じゃあじゃーんと増やしてくれるって聞いたものだから。来たんです。」
「はあ・・・!」
錬金術師は呆れた顔をすると言いました。
「なんですか、それは?・・・まったく、なんてことだ。いいですか、まず私は錬金術師ではありません。わたしは学者ですよ。ご存知かどうかは知りませんが。私は、かの有名な科学の愛弟子、経済学の信徒、経済学者ですぞ。」
経済学者は人々の様子を見回すと続けました。
「うむ、ご存知ありませんか。ではノーベル賞ぐらいは知っているでしょう。経済学者の中にはノーベル賞を受賞する者もいましてな、私もそのうち受賞しようかと思っている次第でありまして・・・あっははは。」
辺りが静まり返ると、誰かが言いました。
「それで、似顔絵付き紙切れはいつ増やしてくれるんだい。」
「・・・まったく、これだから素人は。」
経済学者は不機嫌そうに言うと続けました。
「いいですか、皆さん。あなた方は、似顔絵付き紙切れを増やしてくれと簡単に言うが。価値というものについて何も分かっていないようだ。そこで、価値についての講義をまずはしておきましょう。」
学者はふぅーと、一息入れると話を続けました。
「皆さん、なぜ命が大切かが分かりますかな?・・・おや返事がないと、まあいいでしょう。続けますと、命が大切なのは命が一つしかないからです。もし仮に命が一つしかないのは大変だからもっと増やさなければと人々が言いだし、よし分かった私が命を1億個あげましょうと言ったらどうなります?・・・おや返事が、まあいいでしょう。あなたは今日の帰り道車にひかれて死ぬかもしれません、でもあなたは明日には生き返ります。命が1億個もありますから。あと9999万9999回死ねるなと思い、命なんてどうでもいいやと思ってしまうようになり、命の尊さが分からなくなってしまうのですよ。お分かり頂けたかな。」
人々は口をポカンと開くと首を傾げました。
「オッホン、困りましたな。では、もう一つ例を出しましょう。皆さんの目の前にはビルの屋上から飛び降り自殺をしようとしている若い男性がいます。止めようと思ったがもう間に合わない。でも大丈夫です。私が命を1億個プレゼントしましたから。若者は次の日には生き返り、ああ死ねなかった次は手首を切って死のうとしますが、次の日にはまた生き返ります。ああまた死ねなかった次は首をくくろうかと思いますが、あることに気が付きます。そういえば命が1億個あったな、死ぬまでにあとどのくらいかかるのだろう。ざっと計算しますと27万年強ほどかかるのです。青年は真っ青になり、死のうなんてもうやめよう、一生懸命生きてみようと思うのです。」
人々は首を傾げると言いました。
「それは何の話ですか?」
学者はオッホンと咳払いをしました。
「いやー参りましたな。どうやら私はいい話をしてしまったようでした。」
すると、それを聞いていた和尚さんが大きな声で言いました。
「もっと、命を大事にせんか!」
人々がギクッとし和尚様の方を見ると、隣で赤ん坊を抱いていた母親が言いました。
「もう、おじいちゃん、静かにしてよ。せっかく錬金術師の学者さんが似顔絵付き紙切れの増やし方を教えてくれるところなんだから。」
学者は唖然ととしましたが、気を取り直し言いました。
「なるほど、そう来ましたか。・・・ええい面倒くさい。いいでしょう、皆さんの持っている似顔絵付き紙切れを、私が増やして差し上げます。そうですね、数は・・・数千倍、いや数億倍、いやいやせっかくだから、無限大に増やして差し上げます。」
すると「ウワァー、ウワァー」という歓喜の声がいたる所から上がり。人々は抱き合ったり、飛び跳ねたりしました。
慌てた学者は大きく手を広げると、大声で言いました。
「待ちなさい!待ちなさい!・・・早合点してはいけませんよ。例えばの話ですよ。これは例え話なんですよ。人の話は最後まで聞くものですよ・・・まったく、なんてことだ。」
学者は辺りを見回し、人々が落ち着きを取り戻したのを見ると口を開きました。
「そこのあなた。あなたいい帽子を被っていますね。どうですか私の持っている似顔絵付き紙切れ1万枚と交換してくれませんか?いや、もっと出しましょう、100万枚と交換してくれませんか?」
帽子の男はニヤニヤすると言いました。
「いいんですかい。あんた変わってるね。これ1000枚で交換したんだよ。もちろん、いいに決まってるじゃないか。」
すると学者はその隣の男性を指差すと言いました。
「そこのあなた、あなたはジャケットのセンスがいい。どうだろう、そのジャケット私に似顔絵付き紙切れ100万枚で譲って貰えないだろうか。」
「えっ!・・・これ1万枚で交換したものだよ。あんたがいいというならもちろんいいけど・・・いや、ちょっとまった!あんたさっきから調子のいいことばかり言っているけど、本当に似顔絵付き紙切れを持ってるんだろうな?」
学者は、あっはははと笑うと言いました。
「何を言っているんですか?さっき私は、似顔絵付き紙切れを無限大に増やしてあげると言ったばかりじゃないですか。もう忘れたのですか。あなたのポッケにも私のポッケにも似顔絵付き紙切れは無限大にあるのですよ。」
ジャケットの男はポカンと口を開きましたが言いました。
「そんないくらでもある紙切れをもらったって嬉しくないじゃないか。」
学者は言います。
「そうですか、私はあなたからジャケットを貰えて嬉しいですけどね。」
ジャケットの男は渋い顔をすると言いました。
「嬉しいのはあんただけじゃないか。いくらでも持っている似顔絵付き紙切れなんかいらねーよ。誰があんたなんかにジャケットを渡すもんか。」
隣の帽子の男も言いました。
「俺も帽子は渡さないぞ。似顔絵付き紙切れなんか貰ったって仕方ないじゃないか。」
学者はニッコリと笑うと言いました。
「やれ、やれ、ようやく分かって頂けたようですな。価値というものは数に制限があるからこそ生まれて来るものなのですよ。あなた方は、安易に増やせ増やせと仰るが、数が増えれば増えるほど価値はなくなり、最後には何の価値もなくなるのですよ。あなた方がやろうとしていることは、似顔絵付き紙切れを何の価値もないただのゴミクズにしようとしているのですよ。」
学者は辺りを見回すと言いました。
「さあ、お分かり頂けたなら、もうお引取り頂けますかな。私はゆっくりとコーヒーでも飲みながら、ノーベル賞の授賞式に着ていく服を何にするかについて考えたい所だったものでしてね。」
人々がシーンと静まり返ると、赤ん坊を抱いた母親が言いました。
「では、どうすればいいのですか?どうすれば私達は幸せになれるのですか?」
学者は言います。
「幸せですと?そんなのあなた方個人の問題でしょう。私は経済学者ですよ。そんなの知りませんよ。」
母親は辛そうな顔をすると言います。
「そんな・・・酷い。見捨てないで下さい。私達は一生懸命働いて、余った似顔絵付き紙切れを預かり所に預け、帳面の数字の額が上がるた度にニマニマして幸せを感じていたのに。それが感じれなくなってしまったのです・・・ああ、どうすればいいのでしょうか?似顔絵付き紙切れをもっともっと増やして貰えれば、また以前のようにニマニマ出来ると思ったのに・・・増やして貰えないなんて・・・どうすればいいの。」
すると学者は目を大きく見開き、驚くような大声で言いました。
「ニマニマですと!」
大声に驚いた顔をすると母親は言いました。
「・・・ええそうですが、それがなにか?」
「ここにいる人達は皆ニマニマが出来なくなってここへ来たのですか?」
「ええそうですが、それがなにか?」
「それは、いけない!・・・なぜそれを最初に言わなかったのですか?」
「そう言われても・・・それで、それがなにか?」
学者は落ち着きを取り戻すように、オッホンと一つ咳払いをすると言いました。
「あなた方は、ニマニマ病にかかっているのですよ!」
母親はキョトンとした顔をすると言いました。
「ニマニマ病ですか?」
学者は鼻息も荒く言いました。
「そうです、ニマニマ病です。あなた方は深刻な病気にかかっているのです。あなた方には今すぐ治療が必要です。でも病院に行っても治してくれませんよ。これは経済の病気なのですから。治せるのは、経済学者である私だけなのですよ。いやーあなた方はついている。次期ノーベル賞候補予定の私の所へ来るなんて、いやーついている。いいでしょう、いいでしょう。お引き受けしましょう。あなた方の治療は私がいたしましょう。大船に乗ったつもりでいてください。あっははは・・・」
つづく。
では、続きは次回としたいと思います。