道徳の条件についてです。

孔子の言葉に、こういったものがあります。
「衣食足りて礼節を知る。」
どういった意味かとうと。
孔子の生きた時代というのは、今から2500年ほど前の中国の春秋時代で、日本でいうと群雄割拠の戦国時代。国々が争い戦乱の絶えない時代でした。
そういった時代でしたから人々の生活は苦しく、食べる物も着る物もろくにそろえることが出来ませんでした。
当然彼らは生きるために、人の物を盗み、人を騙し、自分の生存のことだけを考えていました。
そういった人々のすさんだ生活を見て孔子は、食べる物や、着る物、生活に必要な最小限の物すらないと、道徳など生まれてこないといったのでした。

ようは道徳の条件とは、

「物質的な豊かさ」

だといえるのです。

いくら私たちの生きる目的が幸せだとしても、死んでしまえば幸せを感じることはできません。
生命の危機の前では道徳などというものは、吹いて飛ぶほどの価値しかないものだといえるのです。
このため私たちは、生存に関わる物質を大量に生産し人々に行き渡るよう文明を発達させて来ました。
例えば、産業革命や、車や家電の大量生産などがそうです。
生活に必要な物質が不足してしまうと、生命の危機を感じ、人々は道徳を失います。
道徳を失った者は愛を失い、人々は幸福を感じることの出来ない世界に苛立ちを感じ、その世界は人々の信頼を失い、革命や内乱が起き、社会は混沌へと落ちてゆくのです。


さて、これまで話で分かることは、私達の世界には三つのものが必要だということです。
三つのものが何かというと。

「愛」「道徳」「物質的豊かさ」

となります。
愛を育むためには道徳が必要であり、
道徳を守るためには物質的豊かさが必要で、
物質的豊かさを願うのは実は他者への愛によるものなのです。

よく私達の社会では、自分一人の力で生きていくことが、立派なことだとされています。
ところが私などは、いつも困った困った、誰か助けてくれないかな、どうか助けて下さいと思っている。弱くて惨めで一人では何も出来ない、情けない人間ですので。
誰かに「自分一人の力で生きていってみろ。」などと言われてしまうと。
背筋がゾッとするほど震え上がってしまうのです。
だってそうじゃないですか?例えばですよ。

私は近くのスーパーに車で買い物をしに行こうと思いました。ところが車のガゾリンが無いことに気づくのです。そこで私は近所のガソリンスタンドでガソリンを入れようとするのですが、店員は私にこう言うのです。
「もしもし、お客さん。あなたは確か自分一人の力で生きていけと言われた人ですよね。」
「はい、そうです。」と正直に答えます。
すると店員はふんぞり返ってこう言うのです。
「だったらこのガソリンは売れないな。あなたはこれから一人で生きていかなければいけないんですよ。このガソリンを売るためにいったいどれだけの人が関わっていると思っているんですか?」
「そんなことを言われても・・・」
「いいですか。このガソリンはサウジアラビアの労働者が汗水垂らして掘ったものを、タンカーに載せて運んでいるのですよ。掘削の労働者にタンカーの船員に、日本に着いてからのタンクローリーの運転手に、ガソリンスタンドの店員に、どれだけの人に頼ってあなたは生きようとしているのですか?人として恥ずかしくないのですか!」
「えええ・・・。もう、だから言ってるじゃないですか。私などは、いつも困った困った、誰か助けてくれないかな、どうか助けて下さいと思っている。弱くて惨めで一人では何も出来ない、情けない人間ですと。一人でなんか私は生きていく気なんかありません!ですから、さっさとガソリンを売ってください。」

サウジアラビアの労働者が石油を採掘するのは、自分のためでもありますが、家族のためでもあります。サウジアラビアが日本に石油を売るのは自国のためでもありますが、日本でガソリンがないとスーパーに買い物にも行けない私のためでもあります。もし私や日本の人々がが道徳を無視してサウジアラビアの人々の人権を傷つけるような行為に及んだ場合、サウジアラビアは日本には石油を売らなくなるでしょう。
ですから私はサウジアラビアの人々の人権を傷つけるようなことはしませんし、道徳を守ってくれる私や日本のためにサウジアラビアの人たちは石油を採掘し日本や私に石油を売ってくれるのです。
石油が無いと私達が困ることを彼らは知っていますし、私たちも彼らが自分や彼らの家族を養っていかなければいけないことを知っていますので、私は彼らにガソリンを貰ったお礼として、お金を渡すのです。
ここにあるのは、お互いの信頼関係や人と人との繋がりであり愛だとなるのです。

私たちはご近所付き合いの物々交換から始まり、通貨を考え出し、大量生産を始め、ビジネスをより高度に複雑化してきました。
ご近所さんの顔が見えていた頃は、自分一人では生きていけないことなど、誰でも知っている常識でしたし、そこから愛を直接感じることもできました。ところが社会が複雑化して地球の裏側の人との繋がりがないと生きていけないような時代になると、サウジアラビアの皆さんありがとう、タンカーの船員さんありがとう、などとガソリンを入れただけでいちいち感謝などしていられませんので、自分一人の力で生きているような錯覚に陥るのです。
私たち文明人は何千万人、何億人という途方もない数の人たちのお世話にならなければ生きてはいけない存在となってしまっているのです。

人が人を思いやり、愛が生まれ。愛は他者のために物質を豊かにし。物質的に豊かな世界では他者のために道徳が守られ。そして道徳は愛されるための条件となっているのです。

「愛」「道徳」「物質的豊かさ」は、それぞれ別々に存在しているのではなく、それぞれが、それぞれに関連して生かされているのです。

そしてこの三つのものを手に入れなければ、私達は本当の意味での「幸せ」を手にすることはできないといえるのです。

さて、私たちが幸福を手に入れるためには、三つのものが必要だとお分かり頂けたかと思いますが。
ここで、この記事のタイトル「日本でイノベーションを起こすためには」の本題に進みたいところですが。その前に一つ、私たち人類の歴史や、人間とは何かといった哲学的な命題と、今までの話を含めまとめておきたいと思うのですが、そちらはまた次回にしたいと思います。
 

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