初恋のきた道 (The Road Home)

『紅いコーリャン』『菊豆(チャイトウ)』などの中国の農村部を主に舞台にした映画で知られるチャン・イーモウ(張芸謀)監督による2000年の作品『初恋のきた道 (The Road Home)』は、美しくも清らかな光彩を放つ珠玉の恋愛映画である。
中国北部の寒村である三合屯に馬車で半日はかかる町から教師が赴任して来る。しかし、小学校の先生はやってきたが、学校の校舎さえ未だ無い貧しい村であった。
赴任してきたルオ先生は、その時20歳、その先生に恋心を抱く娘は18歳のティである。やがて文化大革命前夜の1958年に反右派闘争にまきこまれるルオとティは、二年後に結ばれことになる。
それは自由恋愛の無いとも思しい時期であり、また二人の身分の差にも愛の障害があった時代の物語である。
映画の冒頭は、黒白の映像で町から村への道をルオとティの一人息子が、父の突然の死によって帰還するところから始まる。それは寒い冬の悲しい出来事であ った。村は以前にもまして老人と子供だけの働き手は都会に出てしまい淋しさと貧しさのために閑散としていた。
父の遺骸は町の病院にあった。村長と息子は葬式の打ち合わせをするが、母が旧い慣わしにより仏となった亡骸を家路まで棺を担いで運ぶことを主張している。しかし、村には棺を担ぐ人手もお金もなかった。そこで村長は息子にトラクターで棺を半日かけて運ぶように母を説得して欲しいと説く。
だが母は強い意志で頑なに仏となった父を担いで運ぶため、壊れた機織を直して棺にかける布を夜なべをして織り始める。母は父が死んで二日間学校の校舎の前から座ったまま疲れ果てていたので、息子は布は町で買うからと説く、布は織らないで休むように説得しても言うことを聞こうと しなかった。
そして映像は過去の息子のナレーションによる回想場面となるのだが、このシーンからカラーへと映像に変わる。
よく映画の手法としては、現在がカラーの映像で過去の回想シーンが黒白の映像となるのが一般的なのだが、この作品は逆の手法にすることで、母の初恋を活き活きと、母の父への想いを熱く、恋愛の激しい情念を映像とするべく、寒村の風景をカラー映像で描写することにより、一途でひたむきな愛、いじらしく清冽な恋を、鄙びた田舎の牧歌的な風景の中で、情念を抑えた静かな映像としていくことに成功している。
しかし、その恋愛力はチャン・ツィイー(章子恰)演じるところのなんともいじらしい恋心、ひたむきな愛情を見事に一身に表現しきっていたの が、心深くに、心に響いて、清冽な輝きが、哀しみの琴線にふれてしまう。
村の校舎は建設されて、女たちは建築に携わる男たちにお弁当を作る。ティはルオ先生に食べて欲しくて、葱のお焼き、栗ご飯に炒り卵、茸餃子と一生懸命に料理をするが、その姿が美しくて、何ともいじらしく可愛らしいこと・・・・・・。


村には井戸が二つあって、校舎に近い裏井戸と、ティの家に近い表井戸があったが、ティは天秤を担いで遠い裏井戸でルオ先生の国語の朗読を聞くために、40年間も、そこへ通い続けた。
やがて学校が建てられて完成する。その校舎の梁に村で一番美しい娘が紅い布を織って飾るのがティの役目になった。
学校に通う遠い家の教え子はルオ先生が送ってくれていたが、その町につながる山道をティは遠くから夕暮れの下校時に待ちぶせを続ける。
やがて、そんなティの恋心を感じてルオは紅い服の似合うティに紅い髪留めを送る。それに校舎のティの織った紅い布がいつも見え るように、ルオは天井に板を張らなかったのは、ティをいつも、紅い服の似合うティを思い出すためでもあった。
お互いに心が通じ合ったが、ティの母は身分が違うと恋心を諫める。そんな二人をやがて来る文化大革命の不吉な予兆が、二人の愛を引き裂くことになる。
だが、二年の月日を乗り越えて、やがて冬の遠い町から、凍土のこの村への道をルオは辿って帰ってくる日を路傍で、寒さにふるへもせずティはひたすらに毎日待ち続けた。
茸餃子が好きなルオがティの家で食事をする約束の日に、二人の最初の別れが訪れる。それは秋の日である。村の山々は白樺が黄金色に変わり、遠く唐松の森も黄色くなりはじめた。羊や馬の放牧された牧草も夕暮れと同調している風景に村と町を結 ぶ曲がりくねった道が見える。
その道は、小麦の穂を垂れる畑や山々の色づく森の風景に映し出され、その道が初恋がきた道であり、愛する人が辿って来た家路だ。
その道で、少女の無垢で純情な恋の全てが映画でチャン・ツィイーは見事に演じる。その初々しい恋の輝きはどんな宝石より美しく輝き、寒村の紅一点であるその少女の服と髪留めを、その映像は心情の象徴として美しさの全てとして収斂していく。
やがて過去の恋の仄かな熱情は黒白の映像である現在へと移行し、母の願い通りに父の棺は担いで運ばれた。
その為に36人を金で雇って運ばせる予定が、訃報を聞きつけて、100人もの過去の父の教え子たちが、その棺を担いで無事に村まで吹雪の中を運ばれたのである。遠 くは広州から来た人間もいた。また雪のために間に合わなかった者も中にはいた。
葬儀が終ると、死んだ父の念願が叶って、村に新校舎が建つこととなった。やがて廃校となる古い校舎から、ルオ先生の国語の朗読が聴こえてきたのを、老いたティは耳にする。
それは、幻聴ではなかった。ティは急いで校舎へと足を運ばせると、すると、そこには、村で初めて大学に入った自分の息子が、子供たちを集めて国語の朗読をしている最中であったのだ。
その姿は、ティの愛する夫ルオ・・・・・・そのもの姿であった。
ルオ先生の墓は校舎を見下ろす裏井戸のそばに建てられた。
やがて、いつの日にかティもいずれ自分もそこに眠ることを心よりせつに願って涙した。(了)