お世話になっている先生に会う事。
これまでの人生を振り返ってみると
あまりこういう機会がなかったと思う。
例えば、中学校や高校の同窓会のようなものは
全くない。だから昔の友人たちに会うなんて事は
ほとんどない。年1くらいで集まっていた地元の友人との交流も
2020年以降のコロナの影響もあって
ほとんど途切れてしまった。
とはいうものの自分はコロナ以降自分のやるべきことに
フォーカスしていたので誰かに会うという発想は全くなかったのだが
先月、今月と2度フィリピンに渡り先生達会ってくるというのは
かなり新鮮であり人生のスパイスになった。
仕事もあり、トレードもあり、家族もありで
海外に何日か行くことは
今までの自分では考えられなかったことだが動いてみたら何とかなったし
動いてみるというモチベーションにつながるのも
会いたい先生たちがいたからに他ならない。
で、セブ編では3人の先生たちに会うことができた。
1人目は、昨年祖母が他界したころにレッスンを始めた先生だ。
見た目や声がよく祖母に似ていて好んでその先生のレッスンを受けていた。
が、最近はネット環境が良くないそうでなかなかレッスンできずにいたが
セブ行きの計画から、子供の英語の学校の件を相談したりしていた。
学校も良かったのだが1週間ならプライベートで先生を付けた方がいいという事になり
学校ではなく、紹介してもらいシッターのような形でホテルまで来てもらった。
なので子供たちは強制的に英語に触れていった。
紹介してもらう過程でも色々なことがあり、結局自分もよく知っている先生に頼むことにした。
子供たちは、日本でも英語に触れているが、
インプットばかりでなかなか積極的に話そうとしなかった。
強制的にそういう環境に身を置くことで覚醒するんじゃないかという期待と
現地での負担を少しでも減らすことができるという利点があった。
結果的には帰国後、幼稚園の先生から何があったのかというくらい覚醒した、
こんなに積極的に話すなんてびっくりしたと言われたので
今回の目的は果たされただろう。
で、自分の方は現地に触れることが今回の目的である。
セブのタリサイというところにいる先生に会いに行った。
先生の友人も来ており5人で現地ローカルフードを食べた。
ここは手前がカラオケボックス、奥がでかいフードコートのような作りで
お手頃にローカルフードが食べられる。
案の定、細かいのを沢山頼みすぎて腹パンパンになってしまった。
そのまま、カラオケに直行し、酒も入りながら
ローカル曲をたくさん歌った。
日本のカラオケにはないフィリピンの曲がたくさんあった。
驚いたことにここはマイクは1本有線タイプのみ、そしてボロボロのソングブック
自分が中学生のころに戻ったような気分だった。
だが連日彼らはここでエンジョイしている。
でまた後日今度は先生が通うミリタリースクールのセレモニーに参加した。
学校に通う生徒の雰囲気や、フィリピンの学校の雰囲気を見ておきたかった。
ミリタリーセレモニーという事で炎天下のなか、びしっと行進したり、日本兵との闘いの
演劇をしたり、暑すぎて、行進の途中バタバタ人が倒れて運ばれていたりなかなか衝撃だった。
これも、自分が中学生のころの部活のような感じだった。
そしてセレモニーが終わり学校周辺をぶらぶら歩くことになった。
通りに出ると、大量のトライク、セブシティの方ではあまり見かけなかったが
タリサイは6人乗りのトライクが大量に走っている。乗り合わせで小さいジープのような
感じだった。しかしデコレーションはトラックばりに派手だった。
そして
海岸まで行くとそこに現れたのはアーノルド将軍一行の像だった。
太平洋戦争について詳しくは知らないが、ここタリサイは
アメリカ軍が日本軍からフィリピン人を解放するために上陸した地であったのだ。
それを記念して像が建てられているらしい。当時日本人は彼らにとって占領軍だったのだ。
それを解放したアーノルド将軍一行を英雄として讃えているとの事。
過去の日本人の行いは過去の日本人が行ったことで
今を生きる我々の行いは今を生きる我々の行いである。
ここにきて感じたことは多くのスカマーもいるが
心の底からいいやつもいる。
親日感情を持つ人もいれば反日感情を持つ人もいる。
つまり人それぞれ違うという事。
当たり前のことだし、
アーノルド将軍を見ながらそう感じた。
その後
街の方へ晩飯へ出かけた。
相変わらず夕方の渋滞はすごい。
気を抜くと道を歩いていても轢かれてしまうのではないかというほど
ビュンビュン走っている。
そして待望の
レチョンバボイのお店に入った。
タリサイでは有名らしいこの店の
レチョンバボイは今まで食べた中で一番うまかった。
全部ジューシーでいつまでも食べていたいと思った。
さらに、3人で腹いっぱい食べてドリンクも飲んで450ペソ。
最高だった。
フィリピンでもお店によって質も違えば価格も違う。
美味くて安い、つまりコスパが良ければ最高なのだが
日本で旨いラーメン屋を探すのと同じように、
店によって好みも違うし、食べるタイミングによって価値が変わる。
その時のベストに巡り合えるかどうか。
先生達との出会いも同じように、自分がタガログ語を勉強していなければ
出会ったところで何も生まれなかっただろう。
レッスンを通して共有した時間がなければ会ったところで
エンジョイ出来なかったと思う。
機が熟した時に巡り合えることの価値に最近すごく
人生の妙味を感じるところだ。
今回の旅行を通じて自分も家族も得られた経験は違えど
今後の人生をより濃くしていく為に
大きな意味のあった時間だったと思う。


















