2日目はクラークへ向かう道中でサンフェルナンドに立ち寄った。

パンパンガ州にある州都だ。役場や街並みを探索し

カレッサという馬車に乗りじっくり見て回った。

交通に関しては、マジで危ない。

人と車の距離、車と車の距離すべてが近すぎる。

すれ違うたびに擦っているのではないかと思うほどだが

これも彼らの日常である。

横断歩道で車が通り過ぎるのを待とうものなら

日が暮れてしまうほど、歩行者優先など関係ない。

彼らが日本に来たら、全員切符を切られるだろう。

歩行者も歩行者で、クラクションを鳴らされ続けながら

関係ないといわんがばかりに

かなり強引だ。

これが文化なのか。

とても道路を渡れる気がしない。

常にサウナにいるような暑さの中

ジープはエアコンもなく満員。

トライシクルに乗ろうものなら、

ガタガタの道路をまるでジェットコースター乗っているかのような

上下運動で汗を流すことができる。

これが日常だ。

携帯を手に持っていれば、いつひったくられるか分からないので

バックに入れてチャックを閉めるように言われ、

背後のない所でないと容易に触れない。

とにかく人が多すぎてその情報がなければ

あっという間にひったくられていただろう。

 

 

 

昼食は現地フードを食べるためにカレンデリアに入った。

今回、現地料理を何でも食べてみて彼らの味覚を体感すると同時に

日本食との違いを感じたかった。

まず、フィリピン料理は割と濃いめのものが多い。

自分好みだが米がないととてもじゃないが食べれない。

がしかし、それを前提に味付けされていると考えれば

実は無茶苦茶コスパよく腹を膨らませることができる。

日本でも食べる機会があるがやはり

あの蒸し暑さの中で食べるフィリピン料理は格別だ。

しかし昼食に集中したいところで

外から物乞いの子供や、老人が平気で入ってくる。

この後何度もこの光景に遭遇することになる。

1日5回以上は遭遇する。

ジョリビーで食べているときも、コンビニの入り口、

歩行中、信号停止中どこでもだ。

トイレは壊れているところが多い。

バケツに水が入っていてそれで流す。

アナログのウォッシュレットはあるが

紙がないところもある。

ポケットティッシュは必需品だ。

さすがに手で拭く経験はしなかったが、現地の人は手で拭くらしい。

 

とにもかくにも生きることが最優先の世界。

便利さ清潔さ治安、現地で体感して初めて分かったが

日本は快適だ。

知識としては知っていたが、体感して改めて実感した。

日本に生まれただけで恵まれている。

 

フィリピンは収入が日本の10分の1とかいわれるが

外食しようものなら、あっという間に無くなってしまう。

食事代が安いとはいえ10分の1のはずがなく、

ランチが100円で食べれるわけでもない。

一口のおかずで大量の米を食らう。

まさに自分の学生時代だ。

だからどこか懐かしく、居心地がよかったのかもしれない。

 

一方で現地のお金持ちの暮らしも垣間見た。

旅立ちの1週間ほど前に初めて会ったこれから取引先に

なるかもしれない人と食事に招待された。

取引しているわけでもないのにもう俺たちは友達だとか言って

妙に距離が近い。これも文化だろう。

ちょうど、近々旅行するという話をしていたので是非行こうと話していた。

彼の自宅に招待されお邪魔した。

たくさん見てきたトタン小屋の家とは打って変わり、

頑丈な高い壁とセキュリティに囲まれた家は同じ国とは思えない差があった。

中にはメイドが何人かいた。

車も何台も所有していた。

この差に正直驚いたというと、彼が話し始めた。

 

昔は自分も貧乏だった。でもこのままではいけないと一生懸命勉強し、

年を取るまで遊びを我慢し、今の生活を手に入れた。

多くのフィリピン人は今を楽しむために今やりたいことをやる。

しかし、それではいつまでたっても変わらない。あなたはお金持ちでいいなと

よく言われるが、それは違う、あなたが今頑張らないから私の様になれないのだと。

誰にでもチャンスはある。やらないから変わらないのだと。

 

レッスンの先生達の中に大学続けて勉強したいけどお金がないから今は休学している。

お金貯めて授業料が払えるようになったら復学して勉強したいと頑張っている人に

何人も出会った。日本にいるフィリピン人でも大学中退と履歴書に書く人がたくさんいる。

それほど勉強を続けるのも難しい世界なのだ。気持ちがあってもできない辛さはよく分かる。

今までレッスンを通して本当に素晴らしい先生たちにたくさん会ってきた。

チャンスさえあればもっと活躍できると思う人たちだ。

すごく勤勉で人当たりもよい。何か希望が見えた気がした。