大学最後の1年間、S.T.E.P.22という場があったからこそ、
自らの興味や問題意識から逃げることなく正面から真剣に向き合うことができた。
まず、S.T.E.P.22に関わるすべての方に感謝とお礼を申し上げたい。

 サークルや趣味では農に携わっていたが、本業である学問では農業や農村とは関係のない学部に所属
していた、そんな私が将来の進路を決め、ライフワーク、自分の進むべき道を切り拓く上でS.T.E.P.22
での活動なくして語ることは出来ない。農業や農村といっても範囲は広い。作物を育てることなのか、
農業政策なのか、農業経済なのか、農村文化なのか、興味があるのはいったい何であるのか、S.T.E.P.22
で活動をはじめた初期は自問自答する日々が続いた。

 そんな中、自分の原点に立ち返る。私がそもそも農業や農村に触れ、興味を持ったきっかけは
「グリーンツーリズム」であったことを思い出す。なぜあのときその後の人生を変えてしまうほどの
強烈なインパクトがあったのか、考えてみる。そして気付いた。それがそれまでの自分の価値観を
破られるような経験、私にとってのパラダイムシフトだったからだ。

 東京に生まれ育った私にとって、農村での滞在は「非日常」であった。しかしそこに生活している人に
とってはそれが「日常」である。そこが誰かにとっての「日常」の、生活の営みの場であるのに、
私にとっては数日の「非日常」体験の滞在だからという理由で、ただ楽しむだけでいいのだろうか。
東京の、自分の「日常」に戻ったらもう忘れてしまうような「非日常」体験でいいのだろうか、
そうではない、私にとっては「非日常」でもそこの人にとっては「日常」なのだ。
たとえば、東京で売られている野菜や果物。これらを通じて私たちは互いの「日常」や「非日常」が
リンクしていることに気付くことができるはずだと思う。きっかけは日常にたくさんあるはずなのに、
私たちはあまりに「想像力」、「共感」、「思いやり」、「当事者意識」が欠けてしまったように思う。
ただの観光ではない、農村での人々の「日常」に接近するという特殊なツーリズム、グリーンツーリズム
を自ら体験したからこそ、グリーンツーリズムには都市と農村をつなぎ、お互いに思いやりや想像力を
育み、分断ではなく相互の持つものや問題点を共有し合う可能性に満ちていると感じ、
これに期待を託し、また自らの将来もこれを追求したいと思うようになる。

 日本での活動ではグリーンツーリズムの先駆者から様々な助言やあたたかい言葉をたくさん受けて
多いに励まされた。まだまだ発展途上の日本のグリーンツーリズムは、ビジネスというより、
都会の人が忘れてしまったような人情、慣習、手付かずの自然や田んぼやあぜ道、畑の美しさに
頼り切っている部分が多い。それが現段階における日本のグリーンツーリズムの良さなのだが、
それが持続的かと言われればそうではないだろう。

 イギリスで見てきたグリーンツーリズムは日本のそれと比べあるかにビジネスそのものであった。
さすが個人主義のイギリスでは田舎においてもきっちりとビジネス感覚が根付いていた。しかし、
ビジネスといっても殺伐とした人情に欠けるものでは決してない。ビジネスを通じて相互に対等な
関係を築き、個々人を尊重するという文化が顕れていた。

 正直なところ、イギリスと日本は制度や価値観、都市や農村それぞれが置かれている状況が違い
すぎた。イギリスでうまくいっているこれを日本でコピーすればうまくいく、という切り張り的な考え方
では対処ができない。イギリスで学ぶことは多かったけれども、学んだところで私はこれを日本でどう
活かしたらいいのか、活動中、途方に暮れてばかりで不安になった。

 活動を終えた今でもイギリスで得た学びをどう日本に還元すればいいのか、結論は正直なところ出て
いない。今私にできることは、S.T.E.P.22を、S.T.E.P.22での活動を通じ、学んできたことをより多くの
人に示すこと、活動を通じて出会った人、得たこと、学びを大切に、日々深化させるよう努めること、
今後必ず日本のグリーンツーリズム発展に貢献するというパッションを絶やさないことだ。2008年4月、
生まれ育った東京を離れる覚悟をし、地方に飛び出した。まずは地方の企業で、ツーリズムの分野で
第一歩を踏み出した。S.T.E.P.22での活動はライフワーク。まだまだ私の活動は続いているのだ。

this is not the last, but still on the way to the journey