こんばんは(人´エ`*)

1年ぶりの更新です…皆さん私のこと覚えているでしょうか(笑)

父が亡くなったという記事が最後。

何ともまぁ。

あれから1年が経ち、先月一周忌を迎えましたが(法要は母とうちの家族だけ。姉は東京在住なので…)、世間はコロナコロナコロナ…コロナ禍です。

この1年、人生変わるレベルで本当に色んなことがありました。

ブログに書くかどうか悩んだ話もあります。

でも、私がやってるSNSといったらここだけ。

身内じゃない誰かに聞いてもらいたいという気持ちでいっぱいでした。

友達にもママ友にも話せてない。

この1年、ずっと苦しかったし悩みまくったし、どこかに吐き出したかった事。

それは…

末っ子サンノスケのこと。

違和感はずっとあった。

ブログにはそんな素振りを見せずにきましたが、実は1歳になる前からずっとずっと違和感があった。

この子は何かが違う。

他の子とも、上の子たちとも、違う。

だけど周りは「男の子なんてそんなもんだよ」「まだ小さいし」「そんなに心配しないで今しかない可愛い時期を見てあげなよ」って、必ずそう言う。

それを言われるたびに「違うんだよ…絶対違うんだよ」って悩み続けてた。

色々な機関に相談して、少しずつ少しずつ状況が変わってきて、1年前の夏。

私の違和感にようやく結論が出ました。

サンノスケは…



知的障害を伴う自閉症スペクトラム。



診断を受けたとき、サンノスケは2歳半でした。

もうほんとにね…

ずっとずっと抱いてきた違和感だったけど、診断が下りた時は「やっぱりね」と思う反面、涙が止まらなかった。

何でなの?何でサンノスケなの?

上の子たちは何ともなかったのに…3人目でどうして?

原因は?

考えても仕方ないことで毎日毎日悩んで落ち込んで眠れなくて。

だけど正式に診断された以上、動き出さないといけなくて。

早期療育と言われる現代。

サンノスケのためにも早く早く!と望んでいたことなのに、心がついていかない。

不安定な気持ちのまま、療育園の見学や相談、そこから2ヶ所に絞り申し込み、結果待ち。

3人目にして何もかも初めての経験。

経験して分かったことは、障害児の子育ては親が積極的に動かないと何も情報を得られない、色々な機関と繋がることができないということ。

黙っていては誰も動いてくれないし教えてくれないし、ただただ何もできず時間が過ぎていくだけ。

すでに上の子が2人いる我が家としては、それが本当に大変でした。

健常児の親と障害児の親の両立。

こんなにキツイのか…

そんなことがありながらも、申し込みをした2ヶ所の療育園どちらも通所できると連絡を頂き、今年の4月から週に2日ずつ、計4日の療育園通いがスタートしました。

ここまでくるのに、書き切れないほどたくさんの道のりがあって。

途中で挫けそうになったし、サンノスケの将来を想うと悲しくて申し訳なくて光が見えなくて泣いてばかりだったし。

こんな時でも前向きで楽観的な悠太には何度も何度もキレたし(笑)←感謝すべきなのにね。今なら分かる。

とにかく私の器の小ささと母親としての未熟さと心の弱さ…

そんな部分とひたすら向き合ってきた1年でした。

もし上の子たちだけを育てていたら。

もしサンノスケが健常児だったら。

私は自分のそういう部分に気付くことなく、子育てを続けていたと思う。

サンノスケは、もしかしたらそんな私を母親として&人間として成長させるために障害を持って生まれてきたのかもしれない。

今はそんなことまで思えるくらいに落ち着いてきました。

全ては支えてくれた家族、療育園の先生、子どもたちのおかげです。

療育園に通い始めて半年。

サンノスケは3歳8ヶ月になりました。

4月当初はイスに座ることもできず、周りに興味も示さず、先生の指示も通らず、何にも出来なかったサンノスケですが、今はきちんとイスに座って朝と帰りのおあつまりに参加できて、お友達と追いかけっこをして、先生に要求できて、指示もちゃんと理解して…

本当に半年間の出来事だよね?と思うほど成長しました。

私が1番悩んでいた周りへの無関心さ、コミュニケーション能力の低さ。

これがだいぶ改善されたように思います。

これから先、思い描いていたような人生は送れない。

サンノスケはもちろん、上の子たちの将来を思うと悩みや不安は尽きないけれど。

今できることと精一杯向き合って、少しでも明るい未来になるように…

言わないだけで、辛いことや悲しいこと、みんな何かしら抱えてるはず。

最近本当、身に染みます。

頑張ろう…頑張りましょう!

頑張りたくない、頑張れない人は休みましょう!

無理は禁物です。

読んで頂きありがとうございました(❛ᴗ❛人)✧