国道1号は、久御山町上り最後の通過地区である
東一口(ひがしいもあらい)地区に入りました。
この道で左に折れると、東一口地区の居住区が続きます。
京滋バイパスの案内で出てきた「巨椋(おぐら)」も難読でしたが、
この「一口(いもあらい)」もまた、非常に難読な地名ですね。
かつてこの辺りには、この久御山町を含めた京都府南部の
多くの地域にまたがった巨椋池(おぐらいけ)が広がってました。
この地区は西方以外の三方を巨椋池で囲まれた湿地帯の集落で、
一方しか集落への入口がないことから「一口」の名がついたようです。
一口は、洪水が頻発し疫病の流行った厳しい環境だったそうで
その災いを追い払う「忌み祓い(いみはらい)」の音が変化して
「いもあらい」と呼ばれるようになったと考えられています。
以上の経緯から、「ひとくちのいもあらい」と呼ばれたこの地区は
のちに「一口」と書いて「いもあらい」と読む形に変わっていきました。
現在、ここ東一口と、さらに西の宇治川沿いにある西一口にのみ
その名を残すこの地帯は、豊臣秀吉による伏見城築城期をはじめ、
度重なる干拓事業で農地に姿を変え、現在のようになりました。
というわけで、以上ここまで
他のサイトで調べた現地情報でした(笑)
ここからは、その東一口地区の
東一口東島(ひがしいもあらいひがしじま)を歩いていきます。
(下り側も東一口東島に入ります)
ちなみに、巨椋池は先述の干拓により現存しませんが、
ここの東を通る第二京阪とその北の阪神高速とをつなぐ
「巨椋池インターチェンジ」「巨椋池本線料金所」に
現在その名が残っています。
508.2km地点を通過。
すっかり見慣れた縁石固定タイプの距離標です。
しばらく進むと、下り側には案内標識が出てきました。
どうやら、京滋バイパス森交差点の500m前予告のようです。
同交差点は久御山町で最も大きい交差点ですし
京滋バイパスを含め情報量が多いので予告も早いですね。
一方、上り側ではその直後で508.1km地点を通過です。
防護柵が復活し、柵固定タイプの距離標も復活。
やはり撮影が大変。
京滋バイパスから先のお店の状況は
かなり寂しいことになっています。
そんな中で営業しているこちらのローソン久御山東一口店は、
地元民に重宝される存在だと思います。
そのローソン横には、508km地点のキロポストがありました。
所在地の表記は、「久御山町 東一口」です。
同様のキロポストは、下り側にもありました。
いずれも、この先に架かる
東一口橋の大阪方に設置されています。
さて、その東一口橋を渡ると
久御山町はいよいよ終盤へと入っていきます。
日本橋まで、あと508km。
つづく








