“本当の蕎麦の味ってどんな味?”
初老と呼ばれる年代に入った今、遠い記憶の中に今は遙か昔、私が子供だった頃、家では親が乾麺の蕎麦をよく作って食べていた。しかし、乾麺の蕎麦は子供の味覚にはどうにも受け入れがたいものであった。田舎育ちなので、知り合いのおばあちゃんの打った蕎麦も自然と食べたが、決して好きになることはなかった。
蕎麦とは大人の食べ物で、子 供の食べ物はうどんなのだと自分に言い聞かせ、納得させ続け、いつの間にか気がついたら自分が大人になっていた。大人になってからも、私の味覚の中で“蕎麦”という引き出しの中身はほとんど空っぽの状態だった。蕎麦を食べても、美味しいと思えなかったからだ。まして、温かい蕎麦はなおさら美味しいと思った事がなかった。
ところがある日、生まれて初めて蕎麦が美味しいと思えた。私はごく普通の味覚の持ち主と自負している。おまけに、私の好きな食べ物は“美味しい物”嫌いなものは“不味い物”と明快なのだ。白い更科蕎麦。私にはイヤミのない素直な香りと風味、滑らかな舌触りと喉ごしが新鮮だった。好みの問題かもしれないが、今思うと、子供の頃の記憶(印象も含めた)というものは恐ろしく人生を支配してしまうものなのかもしれない。
