昨日は5時ぐらいに出発し
夜10時頃に帰宅した為疲れ切ってて、
ギリギリ当日に息子へメッセージを残せたと思ったら
気が抜けてバタンキュー(←今言わない?w)でした。
前の日の夜は早めに床についたはずなのに
6年も経ったんだということに感慨深さを感じたのか
興奮状態だったのかなかなか寝れず
思いを巡らせる毎にだんだんと涙が出てきてしまって
本格的にまた泣いてしまい、鼻は詰まって息できないし余計寝れなくなり…
そんなこんなで2時間ちょっとしか寝れてないので寝不足でした。。
向こうに着いたのは9時ちょっと前。
なんとか高速料金半額の時間内に着けました。
(経済的にキツイので何気に大事なとこ!)
実家へ行く前にお墓を通ってみるとなにやら工事のクレーンが…
お墓の修復をしている模様。
取り敢えず通り過ぎ、お墓参りは後で行くことに。
実家へ行き、夜勤とのことでたまたまお昼にいた弟さんに久々に会い
しばらく談笑した後お墓参りへ。
表向きそこまで被害がないように思えるけど
奥の崖の方にはブルーシートが…
あぁ…あの辺だったっけ?
ちょうど墓地が崖と言うか山の斜面に沿ってあるんです。
それもうちのお墓は結構上ったところにあります。
上って行く途中にも墓石が崩れてそのままになっている所も多く
なんとか修復したようで積み上げられているところも
痛々しく傷が残ったりしていました。
うちのお墓にたどり着くと
なんとも悲惨な状態。。。
墓石が散乱していてほとんど原型をとどめていませんでした。
どうやら崖が崩れて上に立っていた墓石などが崩れ落ちてきて
それがぶつかった衝撃での被害だったようです、
地震そのものよりも二次被害って感じだったのかな。
お義母さんはショックを受けてしまいそうで怖くて
未だにお墓へ行けていないそうです。。
事前に、ブレてはいるものの写メで知らされていたので
心の準備ができていたのか予想通りと言うか、
それほどショックを受けてはいないものの
ドキドキしながら恐る恐る辿り着きました。
水子地蔵の姿が見えた為
不安に思っていた中でも少しホッとしたのも束の間
実は水子地蔵は足にあたる根元からボキッと折れていて
少し離れた墓石の横の土に置かれていました。
斜めに立っている水子地蔵が
この状況に耐えて踏ん張っているように見えて少し感情がぐらっときましたが
それ以上に主となる墓石が崩れていて
骨壺など、埋葬されているはずの中身まで丸見えで…
骨壺はお寺の方で避難させ管理されているそうです。
…と言うことは、土に還ったあの子のだけここに残っているのか…
そう思ったら可哀想に思えて心配になり、ボソッと旦那に言いました。
れいだけここにいて可哀想じゃない?って。
そしたら、もうお空に行ってるから大丈夫だよって。
そうだよね…ひとりぼっちじゃないよね…
この時、改めて思った。
『千の風になって』にもあるように
あの子はお墓にはいないんだよね…
いつもあたし達のそばで見守ってくれてるんだよね☆
水子地蔵にお水を掛け、お花とお線香をあげました。
また来るからね。。
ご先祖様、息子をよろしくお願いします。
あたしの記憶にある限り初めてのお墓参りは6年前…
それが我が子のお墓なんて。。。
お墓参りを終え帰路につこうとした時
弟さんが、誕生日ケーキでも買って行こうかって言ってくれました。
その気持ちがとても嬉しくてぐっときてしまった。
亡くなった子の命日を誕生日として認識してくれたことが
すごく嬉しくて。。。
子供を持ったことがない人でもこんなこと言ってくれるんだなぁ。
あたし達以外の家族は
息子のことなんか忘れてると思ってたから
誕生日を祝ってくれる人はいないって思ってたから
思い掛けなかった。
勿論、うちの実家の家族は誰一人として
何も連絡してこなかったことは言うまでもありませんが…
もう、何も期待しない。。。
お家で4人でケーキ食べました。
れいくん、おじちゃんからのケーキ、嬉しかったね^^
美味しかったかな?
その後、弟さんとご飯食べに出かけたり
途中用事から帰宅したお義母さんと出かけたり
充実した一日でした。
帰りの高速は二人して眠気を我慢するのに必死でしたw
いよいよ我慢できなくなった時は途中のSAで仮眠取ったけど。
一日、気が張っていたせいか
それほど発作的な動悸は起きなかったです。
特に高速道路とか、お墓へ行く時とかが心配だったけど大丈夫でした。
ただ、IBS(過敏性腸症候群)持ちな為、旅行や遠出など
緊張しちゃうせいなのかお通じが全くなくなったりお腹が張るんです…
昨日もずーっとお腹痛かったぁ(。・з・)
でも疲れたけど行ってよかった☆
長文になっちゃいましたが
読んでくれてありがとうございますm(_ _ )m