今年の2月に某ツアーにてハーバード大学で毎年行われている社会起業家大会の観覧に行ったのですが、先日はそのツアーに関西から参加した人で集まって飲み会しました。ツアー参加者じゃない方もいらっしゃって大変楽しく、またためになった会だったと思います。
このツアーの参加が僕の人生に多大な影響を及ぼしてるので本当に行ってよかったと思っています。社会起業家大会の観覧以外にもニューヨークのNGOや小学校の見学などもあって本当に盛りだくさん、お腹いっぱいなツアーでした。機会があればまた参加したいなと思っております^^
その先日の飲み会で「なるほど」と思ったことは、「高校生に問題を提示する時に社会人と同じレベルの質問をなにげなくしているのではないか?」ということです。某教育系の会社に勤めていらっしゃるYさんが言っていたんですが、やはり仕事柄高校生と関わることが多いそうです。この方は仕事以外でも高校生を対象に討論する会を開いていたりアクティブな方です。高校生に問題について考えてもらう時に、社会人でも困る様な、答えの出にくい問いを提示しがちになってしまっているのではないか、例えば「日本はこれからどういった方法で国際化していくべきか?」などのことです。日本の企業ですら答えを出しかねてる様な問いを高校生に普通にしてしまいがちだけれども、そこは同じ様な問いを出すにしても多少は捻って問うべきなのではないかということでした。
僕はこれを聞いて深く「なるほどなぁ。」と思いました。答えを出しやすくするわけではないけれど、高校生にそのレベルの問題を投げかけるのは、しかも学校やそうしたイベントの話し合いの場では確かにどうなのかなぁと思いました。
僕はいつも思ってるのですが、真に問われているのは、問題を解く側ではなく問題を出した側であるということです。質問や問題を作りだすことは問題を解くことよりも遥かに難しい作業だと思っています。1→複数、よりも0→1のほうが大変ということですね。
高校生の答えがよくないといって、その高校生にがっかりする前にまず出題した自分を見ろってことなんですかね。自分自身もそういうことは常に念頭に置いておきたいと思います。
散文失礼しましたσ(^_^;)
是非ポチっと| 壁 |д・)

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このツアーの参加が僕の人生に多大な影響を及ぼしてるので本当に行ってよかったと思っています。社会起業家大会の観覧以外にもニューヨークのNGOや小学校の見学などもあって本当に盛りだくさん、お腹いっぱいなツアーでした。機会があればまた参加したいなと思っております^^
その先日の飲み会で「なるほど」と思ったことは、「高校生に問題を提示する時に社会人と同じレベルの質問をなにげなくしているのではないか?」ということです。某教育系の会社に勤めていらっしゃるYさんが言っていたんですが、やはり仕事柄高校生と関わることが多いそうです。この方は仕事以外でも高校生を対象に討論する会を開いていたりアクティブな方です。高校生に問題について考えてもらう時に、社会人でも困る様な、答えの出にくい問いを提示しがちになってしまっているのではないか、例えば「日本はこれからどういった方法で国際化していくべきか?」などのことです。日本の企業ですら答えを出しかねてる様な問いを高校生に普通にしてしまいがちだけれども、そこは同じ様な問いを出すにしても多少は捻って問うべきなのではないかということでした。
僕はこれを聞いて深く「なるほどなぁ。」と思いました。答えを出しやすくするわけではないけれど、高校生にそのレベルの問題を投げかけるのは、しかも学校やそうしたイベントの話し合いの場では確かにどうなのかなぁと思いました。
僕はいつも思ってるのですが、真に問われているのは、問題を解く側ではなく問題を出した側であるということです。質問や問題を作りだすことは問題を解くことよりも遥かに難しい作業だと思っています。1→複数、よりも0→1のほうが大変ということですね。
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