翌朝、いつも会社に行くのと同じ時間に、也映子は目を覚ました。

(…習慣だな)

そろそろとベッドを抜け出し、身支度を整える。

お茶を淹れて飲みながら、低い音量でテレビの朝のニュースを見つつ、荷物をまとめる。

たった一泊でも、女性の荷物は多い。身軽な理人が羨ましいと思う。

昨夜遅かったし、と理人は朝食ギリギリの時間まで寝かせておくことにした。
7時半を過ぎた。朝食は確か、8時半までだったような気がする。

布団まで行って理人に声を掛ける。
「理人くーん!7時半回ってるよ。ごはん食べに行こ〜」
「うー…」
モゾモゾと理人が体を起こす。

何も身につけていない上半身が自然光の中に現れて、ドキッとする。目のやり場に困り、なんとなく目を逸らしてしまう。

「…え、もう也映子さん、そんながっつり支度してんの」
「だってもう、いい時間だよ」
「…お腹大して空いてない」
「えー?朝食ビュッフェ、写真めちゃくちゃ美味しそうだったよ。いこうよ〜」
理人はいかにも寝起きの顔で、也映子を見ている。なぜか少し不服そうだ。
「…なに?どうかしたの?」
「ごはん行くよりさ…」
理人は也映子の手首を掴んだ。
「もう一回、しようよ」
(・・・直球!ド直球!)
心臓が鷲掴みされる。
「し、しようって…」
「だって帰っちゃったら、もう、しばらくできないじゃん」
拗ねたように言う。
いや、世の中にはそれ用にホテルというものがあるのだよ、と心で突っ込むが、さすがに今それを口には出せない。
(えっ、てか、そんなの教えようとしてる私って、ヨコシマなおねえさん…?)
黙っていると、理人が顔を覗き込んで尋ねてきた。
「也映子さんは?…したくないの?」
「あ…いやあの」
「…ダメ?」
下から覗き込むようなこの顔に、弱いのである。
「…ダメじゃない」
理人は也映子の言葉にほっとしたように笑い、手を引き寄せて抱きしめた。
理人の柔らかい唇が重なってくる。
(こ、これが若さというものなの…!?)
結局、宿の朝食は食べそびれたふたりである。おまけに、食べに来ないからと、確認の電話まで貰ってしまった。
 

 

理人が会計を済ませて戻ると、也映子はロビーの一面ガラス張りになった壁に張り付き、海を眺めていた。

陽の光を水面が照り返し、キラキラと眩しい。

館内の柱や天井にまで、反射した光が差し込んでいる。

ポカンと口を少し開けて海に見惚れている也映子の顔は、まるで少女みたいだ。

瞳にも、横顔にも、揺れる光が映っている。

理人が見入っていると、也映子の方から声を掛けられた。

「あ、おかえり。会計ありがとう。半分出すよ、いくらだった?」

「え、いいよ」

「なんで?出すって。こういうのは、イーブンにしておきたい方なの。もう、無職じゃないし」

どこか胸を張って也映子が言う

「それに、無理しちゃうと続かないよ。次、来にくくなっちゃったら、ヤだし」

そう言って笑う。

また次があるんだ、と思えて、理人は少し嬉しくなる。

「…うん。じゃあ…」

お金をやりとりしていると、声を掛けられた。

「あ、あの…お帰りですか」

昨日夕食の際世話をしてくれた仲居さんだった。

「この度は当館にお泊り頂き、本当にありがとうございました」

深々と頭を下げられた。

「あっ…こちらこそ、昨日は度々お恥ずかしいところをお見せして」

也映子が頭を下げ、理人もつられて頭を下げる。

「とんでもないです。こちらこそ…あんまり微笑ましいやりとりだったものですから、ごめんなさいね。笑ったりして」

「いえいえ」

「…実はね、私、11歳下の主人がいるんです」

「「えぇっ!?」」

思わず、ふたり同時に声を上げる。大きな声に、ロビーの他の客もこちらを見た。

「驚いちゃいますよね。同じ年代になることさえ、ないんですよ。もう結婚して13年になりますけど」

「…そうなんですか…」

「なんかね、おふたりのやりとり見てたら、懐かしい気持ちになってしまって。ご主人の敬語遣いとかね、昔を思い出して。こんな声までお掛けして、身の上話して、本当にごめんなさいね」

「そんな、とんでもないです」

「あ、でもまだ、主人ではないんですけど」

否定した也映子を、理人がちらりと横目で見る。

「あら、ごめんなさい、そうよね、まだいくらなんでもお若すぎるわよね」

女性二人して理人を上から下まで見て、目を合わせ笑い合う。なんだか微妙な理人である。

「昨日、恋人の聖地、行かれました?」

「あ、鐘は鳴らしてきました」

「恋人岬の?」

「いえ、パノラマパークの方です」

「そう。でもよかった。昨日は満月だったでしょう?満月の日は、願い事が成就されやすいっていうんですよね」

「そうなんですか…なんか、喧嘩しながらになっちゃいましたけど。大丈夫かな」

「いいじゃないですか。喧嘩するほど仲がいいって、昔から言いますもの。うちも随分やりあいましたよ。今じゃ、大きな子どもがもう一人、いるみたいな感じになってますけどね」

「そんなもんですかねぇ」

女性二人のおしゃべりが止まらない。  

「まだ行かれてないなら、恋人岬もいいですよ。元祖、恋人の聖地です。鐘だけじゃなくて、恋人宣言証明書っていうのもあってね。提出した二人が本当に結婚すると、記念品か何か、もらえるんですよ。あと、そこで食べられる『君だけプリン』っていうのも、人気あります。卵の黄身だけ、使われてて、濃厚で美味しいんですよ」

「さすが!詳しいですね~」

「ふふふ。なんか、年の差婚、仲間増やしたくて。宣伝しちゃいました」

遠くから、仲居さんを呼びかける声がした。

「あらやだ、ごめんなさい。お呼び止めしちゃいましたね。よかったら、またこちら、いらしてくださいね。次は、ご結婚されたあとでも。ご予約、お待ちしてますよ」

「ありがとうございます。お世話になりました」

最後はしっかり宿の宣伝もして、丁寧に頭を下げ、仲居さんは立ち去って行った。

「…なんか、あの人、幸恵さんと感じが似てる」

「あぁ、言われてみれば。分かる気するな」

「ね」

「上には、上がいるなぁ。11歳離れてるって、すげぇな」

「傍から見れば、8歳でも十分、離れてるんじゃない?」

「…そっか」

也映子はしみじみと理人を眺めた。

「…なに?」

「いや、もう一人大きな子どもがいるみたいって…そんな感じになるものなのかな、と思ってさ」

「…あぁ、あなたはないでしょ」

「なんで?」

「だって、俺が逆に、小学生くらいの子、世話してるみたいだもん」

「えー?どこが」

「いい年した大人の女性が、靴脱ぎ散らかしたまま窓に張り付いて、うみー!って、叫ばないですよ、普通。大人の女性のオーラ、全然ない」

「ひどっ!ほんとひどい…今結構、傷ついたんですけど」

也映子の顔が思い切り不満気だ。

「…まぁ、いいんじゃないですか。別に俺も、大人の女性を求めてるワケでもないので。」

「おっ?今、いいこと言った?」

「まぁ、たまには」

「たまにじゃなくて、もっと言ってよ」

「こういうのは、たまにだからいいんじゃない?」

「えー…ケチ」

「ハイハイ」

少しの間、理人は也映子を見つめて、言った。

「…まぁ、老後?万一、自分で歩けなくなってたら、俺、手は添えますから」

「…え?」

「二度は言わない」

「えー?なんで?もう一回言ってよ」

「言わない」

「えー…ほんとケチ」

「まぁ、思いつきで」

「思いつきで言うなよ。…その気になるよ」

「…なって、いいよ」

「えっ?…言葉の重み、分かってんの?」

「なんで?」

「なんでって…」

…そんなこと言ってると、本気で、その気にするぞ。

アラサー女子に掛ける言葉には、ほんとに、もっと気を遣ってほしい。

(どんだけ、響いたと思ってるんだ。)

その時、きゅうぅぅ、と、也映子のお腹が鳴って、理人は爆笑した。

「緊張感ねぇなぁ…ほんと也映子さん、子どもみたいだよ」

也映子はむくれている。

「だって…おいしい朝ごはん、食べそびれたんだもん…誰のせいですか〜?」

「え?共同責任でしょ?」

「それはまぁ、そうだけど…」

「じゃあ、うまい朝ごはん、食べにいきますか!」

「うん!行こう行こう!」

理人は荷物を持って玄関口へ向かう。也映子は窓から射し込む煌めきにまた目を奪われて、一瞬立ち止まった。気づいて、理人が声をかける。

「…ほら、行くよ」

理人が也映子の手を取って、ふたり並んで歩きだす。

理人の手は、やっぱり温かい。

 

 

いくつか観光地を巡り、帰路に就く頃にはもう夕闇が降りていた。

帰りの電車は、寝不足と旅の疲れでお互い爆睡してしまった。

気がつけば横浜で、バタバタと乗り換え、あっという間に地元の駅だった。
駅を出て、いつも別れる場所まで来ても、理人は手を離そうとしない。
也映子も特に振りほどくでもなく、繋いだまま、お互い顔を見合わせた。
「…帰したくないな」

理人が横を向きながら苦笑して言う。
「そんなこと言われたら、帰りたくないな」

也映子も笑って応じた。
「…今日は、家まで送っていい?」
理人が也映子の顔を見て言った。
也映子は素直に嬉しくなってしまう自分に少し驚いた。
「うん。…でも、さすがに家までは、両親の手前問題あるけど、家の近くまでなら」
手を繋いだまま、もう暗くなった道を歩く。
いよいよ年の瀬だ。人通りも多く、賑やかな声が飛び交っている。
お互い、なぜか口数が少ない。 
年末の気配濃い大通りを抜け、しんとした住宅街に入ったとき、ピコン、と也映子の携帯が鳴った。

いつものように携帯を取り出し、確認している也映子の顔が、変わる。

「…実可子からだ」

「ミカコ?」

「昨日の、C子さん」

「…あぁ」
読んでいる也映子の表情が、どんどん柔らかくなっていく。
「…どした?」
「ふふふ、ほいっ!」
也映子が携帯の画面を差し出す。

〈ヤエコ〜〜〜!久しぶり!!連絡ありがとうね(^^)
私も前回あんな別れ方をして気になってはいたんだけど、あの時は、私こそごめん。

なんか、一番いっぱいいっぱいになっていた時で。
あの後、結婚ダメになったって聞いて、なんて言っていいか悩んじゃって、連絡できなくて、ごめんね。
私、今は、あの時よりずっと元気だよ!
相変わらず赤ちゃんはなかなか来てくれないけど、同じ不妊に悩む人たちと繋がりができてね、気持ちを共有するようになったら、すごく楽になった!

子どもいなくても、キラキラ生きてる人たちにたくさん出逢えて。

赤ちゃんが来てくれないのは、自分にその資格がないからなんじゃ、なんて自己否定や罪悪感は違ってたんだ、と気付かせてもらいました。

旦那とも、前よりよく笑ってます!

あ、ごめん、ノロケ♡

やっぱり、待ってるだけじゃなくて、自分から動くの大事!と再認識だよ。

気にかけてくれてありがとうね。


それより、ヤエコ〜!!!

あんたの方が心配だよ!
8歳下の彼氏って、どういうこと?
バイオリンって、ヤエコ、どこ行く気?
すっごい気になる〜!すぐにでも話したい!

もはや結婚放棄?
どうした?大丈夫?遊ばれてない?いや、遊んでるの?(笑)
会って詳しく聞かせてよ!!
都合教えて!私は今、土日なら割と空いてるから!
またね(*^^*)〉

 

「…新ネタって、俺かよ」

微妙なしかめ面で理人が言う。
「実可子も、実可子のバイオリンを見つけたんだな…」
呟く也映子の表情は優しい。まだまだ岸辺には遠くても、浮輪の在り処が見えたのかもしれない。
「しかも結婚放棄って…遊ばれてない?って…」

理人は色々不満そうである。
「理人くんのお陰で会うキッカケができたよ!ありがとう!」
満面の笑みで也映子にそう言われてしまうと、何も言えなくなってしまう理人である。こっそりため息だけ、ついておいた。

「…まぁでも、よかったです」

「そうだね、実可子、元気そう」

「俺は、どちらかというと、ミカコさんの旦那さんが。

なんか急に別れを切り出されたりしたら、可哀相だな〜、とか思っちゃって。俺も誰かさんにやられたし。シンパシー?感じる、っつーか。」

「…おっとっと。そうきたか」

「まぁそもそも、ミカコさんの旦那さんが、子どもいなくても、二人で笑っていられればいい、とかって伝えれば済む話の気もするけど。そうでもないのかな」

「直球だなぁ…理人くんらしい」

「そう?」

「歳重ねてくるとさ、なかなか直球投げられない。皆、なぜか変化球ばかり上手になろうとする。自分がダメージ負ってると、直球投げられても変化球みたいに感じちゃったり」

「…どういうこと?」

「例えば、子どもなんて居なくてもいい、って言われても、こんなに頑張ってるのに、子どもなんて居なくてもいいって、何?あなたにはその程度のことなの?みたいなね」

「…うわぁ…めんどくさすぎるな」

「だね。そうだろうと思うよ」

也映子が笑う。

「旦那さん、本当は、一緒にいられるだけで、C子さん、じゃないやミカコさんが笑っていてくれるだけで、十分幸せな気がする。そんな色々があっても、一緒にいたいと思って、いる相手なんだから、絶対そうだと思うけどな。

旦那さん、子ども欲しいからっていうのもあるだろうけど、それ以上に、ミカコさんが笑顔になるならと思って、一緒に不妊治療、やってんじゃないかな」

「…そうだね。世のすべての旦那さんが、 実可子の旦那さんみたいに、奥さんにそう思ってくれてたらいいな、って、心の底から思う。

子どもができて結ばれる運命もあれば、子どもがいなくても何でも、一緒にいたいと思える相手に巡り逢える運命も、あるよね」

夜空を見上げながら、また少し、28年分の積み重ねを感じさせる横顔で、也映子が言う。

「うちの兄貴は、…前者だったけどな」

「あぁ、そうだよね」

也映子はふと思い出した。

「…そういえば…昨夜、あれ、お兄さんに渡されたって言ってたけど…もしかして、それで昨日の朝、遅刻してきたの?」

「…あぁ。うん、そう。いきなり出掛けに部屋に連れてかれて、渡された。『こういうの、大事だから』って。俺、申し訳ないけど、そこまで頭回ってなかったから…まぁ、結果的には、ありがたかったけど」
「お兄さんに感謝だね」
「え?」
「お兄さんが…その、ちゃんと、渡しておいてくれて、よかったな、と思って」
「…あぁ。じゃあそう伝えとく」
「いやいやいやいや!それは、直接言わなくていいとこだから!心で思っといて!…まったくもう…デリカシーを持て!デリカシーをっ!」
顔が真っ赤になったのを感じる。ちゃんと否定しておかないと、理人なら本当に兄に言いかねない。
「…也映子さん、もし俺が持ってなかったら、どうするつもりだったの?」
思わず理人の顔を見る。すごく素直に、思ったことを口にした顔。
「…」
「なんで、答えないの?」
「…仮定の質問には、お答えできません」
「なんだよ、それ」
「今、自分が、かなり大きな覚悟について問う質問をしたことに、気付いてる?」
理人も無言になった。考えている顔。
「…まぁ、どうするつもりだったんだろうね。私にも、分からないや」

少し下を向いて、呟くように言う也映子の横顔を見つめた。

「…兄貴さ」

「うん?」

「兄貴。芙美さんが妊娠する…その、きっかけになったとき。その、ちゃんと、…避妊、してたらしいんだよね」

「えぇぇぇ!?」

閑静な住宅街で大きな声を上げてしまい、也映子は思わず口を押さえた。

「俺も、昨日初めて聞いたけど」

「…そうなの?…そうなんだ…」

そういえば、A子が年子で妊娠した時、ちゃんと避妊してたのに、と言っていたような気がする。そのときは、使い方が悪かったんじゃ、なんて思ったような記憶もある。

「だから、渡されるとき、『完璧はないと思えよ』とか言ってた。俺みたいに、そうなることもあるからって。ちゃんとしてたけど、芙美さんの妊娠が分かって…これは運命かな、って、決心ついたらしい」

「…へぇ…」

「…だから、一応、俺も、そうなることもあるんだな、という覚悟は、ありましたよ」

驚いて理人を見る。

真っ直ぐな瞳。

…まだ、変化球なんて、知らない瞳。

真っ直ぐすぎて、…受け止めていいのかどうか、アラサーの自分には、分からなくなってしまう瞳。

「…そっか。うん、ありがとう」

それしか、言えなかった。

もう少しで、也映子の家の前まで着いてしまう。  

也映子はまた夜空を見上げた。
澄んだ空には、昨夜よりは少ない星と、昨夜より少しだけ欠けたまるい月が浮かんでいる。
「ねぇ、星!と、月!」思わず指さす。
あぁ、と理人も空を見上げた。
「私、夜中に月見てるとき、頭の中にG線流れてた」
「あ、それ俺も」
「やっぱり?」
「別に、月光とかでもいいのにな。ほんと、なんかもう、バカの一つ覚えじゃん」
「誰がバカ?どっちがバカ?そっちでしょうよ~」也映子が笑う。
「…このやりとり、もう既に一回、やってるな」
理人の言葉に、也映子が顔を上げた。
「…覚えてるんだ?」
「そりゃ覚えてるよ。…忘れないでしょ」
家のそばの角までくる。
「…じゃあ、ここで」

也映子は言うが、理人はまだ、繋いでる手を離さない。

 

あの日、一年前のクリスマス。

最終レッスンを終えたあの日の別れ際、繋いだ手を離した。

繋ぎ続けていられる理由がなかったから。
じゃ、と別れの言葉を口にする相手を呼び止めても、繋ぎ止められる言葉は出せなかった。
繋ぎ止めていい理由が見つからなかったから。
本当は、あのとき、あのままでいたいと思っていたのに。
本当は、もう、あなたの手を求めていたのに。
…あのときは、できなかった。

でも、今は違う。

「あのさ…一緒に、住もうよ」
繋いだ手をそのままに、理人が意を決したように顔を上げて、也映子を真っ直ぐみつめて言った。  

「え?」

唐突な提案に也映子が驚く。
「…まぁ、すぐには無理かもしれないけど」

小さな声で付け加える。
也映子がふっと柔らかい顔で笑う。
「うん…そうだね、まぁせめて、…卒業後だよね、早くても」
「え、そんなに先!?」
「だって、親に学費出してもらってる、学生だよ。まずはちゃんと卒業証書、親に見せなきゃ」
「えー…」

明らかに不満そうな理人が可愛くて、也映子は笑ってしまう。
「まぁ、いつか、一緒に住めたらいいね」
「じゃあさ」
理人は一瞬視線を泳がせて、微妙な顔でもごもごと言う。

「あ、いや、だから一緒に住もうっていうわけじゃないんだけど…これじゃ誤解されるな」

「?…あの、勝手に自己完結、しないでくださーい」

「すみま、せん…」

それからぐっと顔を上げて、也映子の顔を覗くように見て言った。
「あの、次からは、………ホテルとか、誘っても、いい、です、か?」
(・・・直球!ド直球!)
也映子は自分の心臓が大きく波打つ音が聞こえた。たぶん今、耳まで赤い。
「…うん…いい、です、よ」
赤面しながら頷き合うふたりを、星々とまるい月が、微笑むように見ている。

やっと手を離した理人に、バイバイ、と小さく手を振って、也映子が歩き出す。
「あ、あのさ!」
背中に理人の声を受けて振り返った。
「…次は、いつ会える?」
「…うーん…」
「初詣は?也映子さん、家族で行くの?」
「行くよ」
「じゃあ…2回目の初詣っていうのは、アリかな」
「…そうだね。あ、あと、北河大明神に、新年のご挨拶に行くっていうのも、アリかもね」
「あぁ、それ、いいな」
「じゃあ私、幸恵さんに、連絡してみる」
「うん」「うん」
じゃあ今度こそ、と手を振って、玄関前まで来たが、まだ背中に視線を感じる。
振り返ると、理人がさっきのまま、こちらを見ていて、目が合うと右手を軽く上げた。
(なんだよもう…こんなの、どうしようもないよ)
也映子は小走りに理人のもとに駆け寄った。
そして、驚いている理人に、軽くキスをする。
「ありがとう。楽しかった。またね!」
また小走りに玄関へと駆け戻り、一度だけ振り返って、手を振り、家に入った。

玄関を開けると、母の洋子が待ち構えていた。
「わっ!なにお母さん!びっくりしたぁ~…」
「…おかえり」
「た、ただいま」
「ずいぶん、楽しそうねぇ。久しぶりの旅行、満喫してきたの?」
「うん、まあ、そうね」
母の目が、多くを物語っていたが、とりあえず知らんぷりして上着を脱ぎ、マフラーを取る。
「…やえちゃん、それ」
「え?」
洋子が也映子の首筋を指さす。
「お父さんの目には、入らないように、気を付けてあげてね。家でもなんか巻いてたら?」
玄関の鏡を確認する。指さされた辺り…明らかに、色の違う箇所がある。
「え?えっ?」

顔から火を吹くかと思った。手で隠し、マフラーをもう一度巻く。
「…お友達とじゃなくて、この間家に来た、バイオリン貴公子くんとだったんでしょ。お母さん騙そうなんて、100年早いわよ」
也映子は、何も言えない。
「いい子そうだったけど、まだ若いわよね。…自分の身は、自分で守りなさいよ、やえちゃん。身重になってから、ハイさようなら、なんてことになったら、傷つくのはやえちゃんなんだからね」
母の言葉には何も答えずに、逃げるように2階の部屋へ駆けあがる。
急いで、首元まで丈の長い部屋着に着替える。
そして、部屋の窓を開けた。一日不在にしていた空気が入れ換わる。
窓から、外の、理人がいたあたりを眺める。
(身重になってから、ハイさようなら、か…)
也映子は、今まで避妊をしなかったことはない。
元婚約者相手でも、本当に結婚するまではと、首を縦に振らなかった。
也映子にも分かり過ぎるほど分かっている。
理人は若い。まだ21歳だ。ついこの間まで、10代。
友人なら、「どうした?大丈夫?」と聞きたくなるだろう。
母親の心配だって、まったくもって真っ当だと思う。
今回、もし理人が何も持っていなかったら…私はどうするつもりだったんだろう。
もう新しい月が始まる間近で、ほぼ間違いなく安全日ではある。そのまま、受け入れていただろうか。たとえ安全日でも、絶対は、ないのも知っているのに。
理人と繋いでいた左手を見る。
窓からは、昨夜と同じまるい月が見えている。
(…お月様)
也映子は呼び掛ける。
この手の温もりを信じたいと思ってしまうのは…信じられると思えてしまうのは、盲目、なんですかねぇ?
理人のまなざしが蘇る。
今は、理人のあの真っ直ぐな瞳と、手の温もりが、私のすべてだ。
昨夜のまるい月と、幸福感が、また胸に押し寄せる。
窓から差し込む月の光は、柔らかく温かく、也映子を包んでくれているような気がした。

 

 

〈ミカコ、返信ありがとう!

連絡もらえて、すっごく嬉しい!

そして、ミカコが元気な感じが伝わってきて、本当に嬉しい!

本当にすごくすごく嬉しい!これしか言えないけど、嬉しい!

同じように心にキズを抱えている人と話せると、それだけで救われるの、すごく分かる。

私も婚約破棄&無職で、ちょっと近い経験をしたよ。

8歳下、やばいよね(笑)

イタイ妄想か、ファンタジーの世界だよね!?

私も、自分でめちゃくちゃ、そう思う!!!

でもさ、その人を好きになって、

ミカコが昔、旦那さんのこと、

自分とではない誰かといた方がこの人は楽しいんじゃないか、

いつか私ではない誰かといたくなるんじゃないか、それが怖い

って言ってた気持ちが、少しは、分かったような気がするよ。

そして、

ミカコが結局旦那さんと別れる選択をしなかったように、

まぁ色々思うところはあるんだけど(笑)

それでもやっぱり、この人と一緒に手を携えて、並んで歩いていきたいな、

などど、思ってしまっています。

…私、イタイ?イタイか、やっぱり(笑)

相手、21の学生だもんなぁ。

っつーか、会う前にメールで語り過ぎた!

語りたいと、会うの、待ってられないよ~!

年明け最初の土曜とか、どう?

2人で会おうよ!

それにしても、こんな久しぶりの連絡なのに、顔思い出すと手が止まらくなくなるほど伝えたくなるって、何?

ビバ!女の友情!

一緒にいた時間はやっぱダテじゃないね。

またね!連絡待ってるよん(*^^*))

 

 

 

 

 

 

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最後までお読み頂き、本当にありがとうございました。

 

次は、北河大明神へのお参り編か、

はたまた、時間軸をまた動かして、同棲編の続きか、思案中です。

どちらも大体のお話は決まっているんですけど、どうしましょう。

楽しみながら、悩みます。

 

いずれにせよ、しばらくお時間頂くことになるかと思います。

 

必ず更新はしますので、まだよかったら、覗きに来てくださいね。

 

いつもありがとうございます!