はじめに、この度の
九州豪雨で被災された方々と
そのご関係者の皆さまに
謹んでお見舞い申し上げます。
救援活動や復旧作業されている
皆さまの上にも、豊かな御加護を
願っております。

私は、何者なのか
何のために生きるのか
これは、表現の仕方は変わっても
古今東西 小さな子供から大人まで
あらゆる人の心に浮かぶ問いだそうです。
哲学家、宗教家でなくとも
人の根幹を成すところからの
深い問いのひとつ
私も 何度となく自らに問いかけ
その都度 その成長度合いに応じて
折々に相応しい答えが与えられて来たように
感じています。

この7月の 月節句ヒーリングに合わせて
少彦名工房@ 順さまから 出されたテーマの
ひとつも
『私は誰なのか』を繰り返し自らに問う、
と言うことでした。
私は何処から来たのだろう…と考えた時
私の両親、祖父母の顔が浮かび
その 1人ひとりに愛されて生まれてきた事を
思い起こすと胸があたたかくなりました。
さらに層祖父母…さらにその前の…
いろいろな逸話だけ両親や祖父母から聞かされ
ていた私の知らない、ご先祖の方々…
今のような平和や便利な生活はなかった
少し前の時代から、もっともっと…遙か…
たくさんのご先祖さまの生命の歩み、営み。
そして そのたくさんの方々の活きた証
それぞれの両親の愛の証として
授かった命のリレーで いま此処に居る、
その奇跡について 改めて感謝しました。
愛と命のリレーで繋がれた今、ここ。
そして、私も
たくさんの人を
愛すること、愛されることによって
生かされ、活かされていること。
食卓のごはんを作って下さった農家の方
お味噌やお豆腐を作って下さった方々
お魚を獲って…運んで、売ってこの食卓に
届けて下さった方々の愛。
そうしたことから
身近な家族、友人、尊敬する方々の愛
さらに 日々、
その大きな存在の中で活かし
育んで下さっている かみさまの大きな愛
愛を天意(あい)と受け取ると
わたくし自身が愛であること
愛により活かされていること
愛を行うことにより生きること
つまり、愛 の1つのかたち
私は愛です!なんて
大上段に振りかざす積もりは
毛頭ございませんが( ゚ ▽ ゚ ;)
出来うる限りのただしい在り方を
たくさんのお助けを頂きながら求めると
『あい』
なのだなぁ〜と認識し、
深い畏れと感謝と同時に
こんこんと力が溢れてくるのを感じました
私にはあなた方の知らない
があります
…と、イエスキリストが弟子に語ると
弟子たちは、こんな荒地にどんな食べ物が
あったのだろうか、と首を傾げた…という
エピソードがありますが
ただ相手を思い その時、その場に
相応しい愛を表すと、
心だけでなく霊が満たされる…
これが『たましいのごはん』なのかも
知れませんね

月節句ヒーリングのエネルギーは!また
ヽ(*・ω・)人(・ω・*)ノ
それはもう、パワフルな愛のエネルギーでした
ブワーっと、祓われた感じの後
お腹…丹田に熱い熱い塊が感じられ
しばらくじーん、としていましたが
その後、手や肩、目の裏…
多分弱っているところをグリン!として
いつの間にか
身体中の痛みや疲れが抜けて
新品(笑)ピカピカな元気になってました
(50も越えると、日々必ず何処かは痛くて
鈍痛や耳鳴りとともに過ごし、
都度セルフヒーリングを行っているのですが
久しぶりにwさっぱりスッキリ、元気を実感
しましたのです)
ちょうどここ最近の暑さと忙しさで
眠っている間に
疲れから右の奥歯を噛みしめていた為
ズキズキ、ジンジンしていましたが
その歯痛や喉の腫れも
跡形もなくすっかり消え去り



流石だなぁ〜(*⁰▿⁰*)と感激致しました。
アイもエネルギーも、もっともっと
受け取り上手に
なりたいものだなぁ。
そして、更には 上手く送り出して
循環上手に成長したいなぁ〜
と
と思うことしきりでございました。

