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まるちゃん通信

ひろみママのギランバレー症候群闘病記


まるちゃんです( ◠‿◠ )


初日2日目は検査疲れでよく眠れたのですが、昨夜は眠れず3:00頃まで起きていました。
消灯後もテレビが許されているので助かります。

[朝の回診]
担当の女医先生ほか3名。
今後の方針含め、退院後のお薬の見直しの相談にもゆっくり時間をとっていただきありがたい。

明日から食事、栄養剤の水分で始まるらしい。

水分〜2日様子みて
重湯〜
お粥〜・・・
そんなペースで常食まで最短でも1週間。
超慎重。。。
便がおちつかないといけないから予想より結構かかりそう。

う〜〜〜ん
なかなかだ・・・(*´꒳`*)


[パパの面会]
面会はできませんが、荷物を届けにNSステーションまでは来られるので隣りの部屋の私はパパのチラ見を狙っています。

・・・が失敗。。。

すぐそこで声が聞こえているのに鉄壁のNSに阻まれました。(。-_-。)

NS「奥様会いたがっていたとお伝えしましたよ。」

聞こえていましたよ、だって5mしか離れてないも〜〜ん!
次回は別の作戦で・・・(ᵔᴥᵔ)


[S君]
そういえば、昨日担当だった唯一の男子NSのS君、爽やかで優しくて最高でした。
心電図のモニターをズボンのポッケに入れているのが重たくて、歩くとズボンが下がってしまう・・・

S君「これもう無くていいと思うんです、先生に聞いてみますね。」

(^^)「これなくなったらラクになる、S君好きになっちゃうよ!」

S君「頑張ります!」

今朝の回診で心電図モニター外れました〜〜 (^-^)v


そして点滴モニターのコンセントの付け外しが自分でできたので、トイレにも無理をしないお約束で1人で行っていいことになりました
*\(^o^)/*

絶賛自由度を増やす活動中!


お向かいのおばあちゃん、NSに
「できることは自分でやって!」と日に何十回。

私は「すぐに来ますから呼んでください、やりますから・・・」
と、ある意味同じようなことを言われていまする。。。











まるちゃんです( ◠‿◠ )


入院するにあたってコロナ検査はお決まりです。
搬送されて直ぐに抗原検査陰性。
PCRの結果は明日出るとのことで
広い4人部屋に1人、快適です。

翌日2度目のPCRを受け、昨夜との2回の結果が陰性だと一般病棟に移るそう。

午後、陰性が出て一般病棟4人部屋に移りました。
今はベッドを窓側に寄せてもらい陣地を広くして、日中は車イスで過ごしています。

これまでに救急外来・救急病棟・一般病棟その他いくつかの検査室に行きましたが、どこもスタッフはとても親切な方ばかり。
Drもじっくり話をしてくれてとてもいいです!


気にいった〜〜ここの病院🏥


ギランバレー症候群で退院してからちょうど7年目に入ったところでの久しぶりの入院生活ですが、何が違うって、たいていの事は自分でできるってこと!!

呼吸器ついて
呼吸器はずれて
担がれながらリハが始まり
毎日コツコツ私の体をセラピストが動かす毎日〜

退院してまる6年、家では車イスに乗りながらも歩行器で歩いて、キッチンに立って少しの仕事ができるようになりました。

だから今回の入院で自分がどれだけ自由になったか実感しています。


イヤホン自分でできるよ
テレビのチャンネル変えられる
お布団軽いのに変えてもらって…
歩いてトイレにいけるなんて・・


下血も止まり検査結果も良かったので今のところは元気です。

やさしいスタッフ達と懐かしい入院生活をしばし楽しみましょうと思えるようになりました。

まるちゃんです( ◠‿◠ )

入院2日目

メインイベント大腸の内視鏡検査をします。
その前の準備として造影検査もするとのこと。
大腸の検査をするには腸内洗浄剤(ムーベン)を大量に飲まなければならないのは知っていましたが、それがハンパなかった・・・

ペットボトルで来るかと思っていたら、やたらと存在感のある取っ手付きの太っといボトルに2L!
味がマズい上に温いから全然入っていかない……(-.-;)~~~

最初の180ml 3杯は15分かけて飲む。気分が悪くならないようにらしい。
その後は徐々にスピードを早めるのだが2時間かかっても排便の兆候がなくゲップが上がって、残り400mlのところでストップしてしまった。

・・・これ以上詳しく書くのはやめましょう。

結局どうなったかと言うと、3時間かけて "4 L" を飲みました〜〜!!
ᕦ(ò_óˇ)ᕤ

(*´Д`*)

(>人<;)

苦しみ飲んだ甲斐あって、私のお腹の中はスッキリとっても綺麗でした (^-^)v

CTの検査でS字結腸からの出血だろうと言われていたのですが、原因の箇所は見つからず、ポリープもガンの兆候もまったく無くて問題なし!

え〜〜っ!
なんであんなに下血が続いたの?

考えられる事は、私の腸内には
「憩室」という穴が多くあるらしく、そこから出血したのだろうとのこと。。
1時間以上かけて大腸を2週、
丁寧に見ていただだいて悪いところは見あたらなかったのだからとりあえずは安心しました。
しかしながら今回のような事はまたあるかもしれず、その時は早めに検査入院することが大切なのだとわかりました。


腸内を進む内視鏡の映像はまるで冒険をしているようだった!

操る先生の手はゲームをしているようだった。

5人ほどのスタッフとお話ししながら、楽しい貴重な体験をした感じでした。

良い雰囲気を作ってくださった皆さんに心から感謝感謝です。
m(_ _)m

まるちゃんです( ◠‿◠ )


ずいぶん ずいぶんのご無沙汰です。

ギランバレー症候群になり2年5ヶ月の入院生活を送り、帰宅して7年目に入りました。

日常生活にもすっかりリズムができて、週5日9人のヘルパーさんと楽しい生活を送っています。

そんな中 2/2突然の下血・・・
今入院生活3日目に入りました。
幸いにも、すでに体調も良く時間がたーーぷりあるので「まる通」に書き留めておこうと思います。


2日15:00下血が始まりこのままでは貧血で動けなくなると思い、19:00パパの帰宅を待って救急車で病院に向かいました。

「憩室」からの出血の疑い。
救急外来ではよくあることのように言われました。
病室に移動した後急変、血圧71-50まで低下。
検査の結果次第で転院の可能性もあると説明されました。

ベッドに落ち着いたのは日付けが変わった頃、幸いにも明け方頃には止血剤が効いたのか下血はほとんど収まっていました。
まるちゃんです (^.^)


なんて日が経つのが早いんでしょう…
2月も後半に突入です。
今年の冬の寒さは初めて体が辛いと感じています。

右足大腿部の痛みから始まり、この2週間でお尻〜膝下まで痛みが広がっています。
ひどい時は右足に体重をかけられないので、トイレで車椅子から乗り移るのも一苦労・・・
ぴえん(/ _ ; )デス

2週間前の朝一リハ、
その日から新しく担当になったフレッシュPT君に病院の外を歩き終えた時
「どこか痛いところはありますか?」と聞かれ、
「右足太ももの横が痛いです。」と答えたそこからが痛みのはじまりでした。
キンキンに寒い中を急に歩いたことで筋肉に負担がかかってしまったようです。
今までも外を歩くことはしていたのになぁ〜…

「過度な負担がかかったのでしょうね、
治ると思いますよ。」とDr。

無理せず大事にねって、ずっと動かないと固まっちゃうし筋力落ちるし、痛みが落ち着いたからテレビのCMの間少し立ってみようとやったら、次の日にまた痛みがぶり返しちゃって・・・

CMの時間も長すぎたのか、
この〜〜、軟弱な体め〜!( *`ω´)

思うように回復せずに行ったり来たりしていまする・・・

早くポカポカ春がやってこないかなぁ(*´ω`*)
まるちゃんです (^^)

🎍新年明けまして
  おめでとうございます🎍


すっかりご無沙汰をしてしまいました。
コロナ騒動が始まった頃はリハビリに行くにも不安で、迷い悩んだりしていましたが、今はそんなことはなく元気に通っています。

退院して今月でまる5年が経ちます。
火金と週2で通っていたリハビリは、昨年の夏から金曜日だけになっています。
そして来月2月から、その金曜日も月に3回のリハビリに回数が減ることとなりました。

通院で月3回 : PT40分 OT40分
訪問リハ : 毎週1回 40分

二つの選択肢の中で、
私は月3回通院する方を選びました。


昨年夏にリハビリが一日減り、体をほぐす回数が足りないと実感。
そこで訪問マッサージというものを初めて体験しました。
運良く相性のいい方と出会うことができて、以来リハビリのなくなった火曜日に来ていただいています。
そして来月から更に月3回にリハビリが減るので、その穴埋めにも訪問マッサージを追加しようと思っています。

保険が適用される訪問マッサージは、一回20分。
20分のために家まで来ていただくのはいつも申し訳ない気持ちになりますが、まぁなんと楽しい時間になっています(*^^*)


久しぶりに「まる通」に戻ってきましたが、また少しずつのんびりと書き綴っていこうかと思っております。


では最後に久々の絵手紙を…

今年もよろしくお願いします。
m(__)m













まるちゃんです  (*^o^*)

寒中お見舞い申し上げます。

すっかりご無沙汰をしている間に、私先週「還暦」を迎えました。
ギランバレー を発症した時は53歳だったので、随分と日が経つたのだなぁと改めて…


発症前日まで仕事をしていた私は、元気にデイサービスを駆け回っていたのに、突然まったく別人の生活を送ることになりました。

軸索型で重症で、呼吸器がはずれ
ないかもと言われていたことを思えば、今は夢のような生活を送れています。

車イスに乗っていますが、食器の片付けをするくらいは立っていられます。
室内は歩行器はもちろん、フリーでもヨチヨチ移動できるようになりました。

疲れやすく筋力を上げることの大変さ、MP関節の石灰化などのために限界を感じることもありますが、家では一人でも充分過ごせるようになりました!


" 60 "の響きは思っていた以上に重いものがありますが、まだまだ若いぞ!!
60代を楽しみマス ٩( 'ω' )و

さっそく "旬" を楽しみました❣️

赤い私を、今年もよろしくお願いします。
m(__)m


まるちゃんです  (^o^)/ 


ギランバレー 症候群発症から6年が経っての振り返りその5。

☆医大病院リハビリテーション科
(2017.1.14〜2017.1.29)

家の引っ越しまでの約2週間を医大病院で過ごすことになりました。
2日前に急遽決まった転院です。

環境も一変、6人部屋でベッドの横に車イスをつけるのがギリギリで、カーテンの外へはトイレ以外出ることのない生活が始まりました。

リハビリは毎日あるのですが、なんといってもバリバリの急性期ですから、リハ室は人でごった返していて、壁にズラリと並んで待たされる時間の方が長かったように思います。


とにかく自分でできることはないかと考え、本館からリハビリテーション科までの長い廊下に出る許可をもらい、車イスをひたすら漕いでみたり、ラジオ体操をしてみたり・・・

真冬の寒い廊下は外と気温がほとんど変わらないので、10分もするとまたベッドの横でジッとしているようでした。


そんな中でも若いNSが、毎日夕食に付けてもらっていたヨーグルトドリンクにイタズラ書きをするようになり、それが一番の癒しになっていました。


そうこうしているうちに新居への引っ越しも終わり、5軒目最後となった医大病院での入院生活16日間が終わりました。


2017.1.29  退院



まるちゃんです  (^o^)/


ギランバレー 症候群発症から6年が経っての振り返りその4。

☆療養病院
(2016.7.2〜2017.1.14)

家の完成までの半年を療養病院で過ごす事となりました。
療養病院と言えば、リハビリの単位は13単位(1単位は20分)とグッと減ります。

今までPT・OTの時間以外にも、レクリエーションやその他いろいろな形で生活そのものがリハビリになっている毎日を過ごしていたので、さぁこれからどうしたものか・・・


入院四軒目となる療養病院は患者さんの平均が87歳という所でした。
ある意味特別な病院で、全てにおいて特別な配慮がされていました。
スタッフは厳しい教育を受けていて、まるでホテルで暮らしているような、前病院で紹介されて転院した私には想像もできない生活を送ることとなりました。


「患者さんは皆高齢なので、貴方にお友達がでないことが心配なんです。全スタッフにお声がけするよう伝えますから全館自由にお使いくださいね。」

院長先生のご配慮で、院内どこへ行っても、全ての方が私の名前を呼んで話しかけてくださいました。
その時、院内を車イス自走してフリーパスカードでどこへも出入りしている人は、私以外にいませんでしたからね。(^^)
とうとう社員食堂にも行っていました (^^;)


療養病院は生活するところですから、食事の時間以外に決まっていることはありません。
皆さん好きな場所で好きな事をして過ごします。
私の生活にもすぐにリズムができてきました。

朝食後に富士山の見えるロビーに行き、i Phoneでラジオ体操をする。
その後午前中はリハビリ室に行って過ごす。
リハ室では、リハスタッフ指導の元に、'NEW STEP' や マッサージ機、平行棒その他のリハを好きな時に好きなだけ利用することができました。

毎週水曜日は映画鑑賞会があり、お茶とできたてポップコーンのサービス、月一のラウンジコンサート、各病棟での歌の会など、常にいろいろなイベントが用意されていました。

友人が会いに来てくれると、景色の良いラウンジでランチをして、少しずつ元気だった頃の生活に戻っていく実感がありました。


夕食前にその日最後のマッサージを受けに行くと、昼間は人が多いからといつもお会いする男性がいました。

2人並んで足のマッサージをしながら、いろいろなお話をするのが日課になっていきました。

ある時友人とラウンジにいると、いつも午前中に話しかけてくださるご婦人と夕方の男性がお隣のテーブルについていました。

男性「あー、まるちゃん!」

ご婦人「あら貴方、なんでまるちゃんを知ってるの?」

たまには一緒に食事をしましょうと、昼食をキャンセルしてきた
別々の階にお部屋のあるご夫婦だったのです。

・・・と言うことは、出会いからプロポーズ、婿養子になってね…
な〜〜んて、お話を聞いていたのは、私も仲の良かったあのご婦人のことだったんですねー❣️


こうしていろいろ思い出すと、ここでの生活も楽しかったなぁ。。

リハビリの枠にとらわれない生活。
普通では出会う事のない方達とのありえないような生活。
たくさんの触れ合いは宝物…
自分の体のことを忘れて、社会勉強をしに行ったようでした。


6ヶ月と16日間、夢の中にいるような生活を終えて、家の完成まであと少し、もう一軒追加転院となりました。

♪お友達とランチ



まるちゃんです  (^o^)/


ギランバレー 症候群発症から6年が経っての振り返りその3。

☆難病病棟 
(2015.6.19〜2016.7.2)
なんと言っても到着して病室に通されて最初に、
「おトイレは大丈夫ですか?」とたずねられたことには感激しました。

トイレに行けるようになるのが夢だった私・・・
「連れて行ってもらえるんですか?」と返すと、

「何言ってるの、そこからがリハビリの始まりじゃない!」(^^)
とNS。

2人がかりで初トイレを叶えてくれました( ^ω^ )


難病病棟では、常にセラピストさんが生活を共にしてくれていて、
今まで受け身だった生活が、前向きにグングンと動き始めた感じでした。
ここでは細かいことは書きませんが、転院してきた時には完全2人介助でオムツをしていた私が、1年と14日間リハビリに明け暮れた楽しい生活の末、歩行器アルコーで難病病棟内歩行フリーの許可をもらい、一人でトイレにも行かれるようになりました。


この難病病棟でのさまざまな人との出会いは、言葉に表せないことばかり・・・

自分にできることの希望の道がみえたようでした。


難病病棟に転院してから、パパは私の退院後の家の準備を始めました。
最初は今ある自宅の改装を考えたのですが、車イスで生活するにはどうしても無理があると、結局引っ越して建て直すこととなりました。
まずは土地探しから、そしてパパ自ら設計を始めたのです。
(一級建築士の資格有り)


1年と14日のリハビリ生活を送り、療養病院へ転院。