~奄美(A・M・A・M・I)のフランス人シェフ~
最終日、無事にマングロ~ブ見学も終わり、途中には・・西郷南洲謫居跡にも寄ることができました。
http://www.page.sannet.ne.jp/ytsubu/syougai3.htm

当初の計画では、名瀬市のRestaurant ARARUI(アガルイ)さん か bistrot arroser(ビストロ アロゼ) さんを
予定していましたが
去年10月の豪雨の爪跡(土砂崩れ)が、少しばかり残っていて道路の工事中(片側通行)が多く時間の調整がうまくいきませんでした。
なので、気を取り直して「再リサ~チ」![]()
空港で、いただいてきた「無料の奄美ガイド情報誌」を活用しました。
そして、見つけたのが RESTAURANT Fonky Caffe (フォンキ カフェ) さんであります。
おおっ
「いも~れ」と書いてあります。
これは、「ようこそっ」て意味ですね![]()
中で迎えてくれたのは、フランス人シェフの「ソブア スロウ フランク」さんであります![]()
メニューは、「アヒルのもも肉」や「クラシッククレープ」などもあり・・・ちょっとユニークであります。
そして、一番のオススメの「フォンキ セット」(お肉orシ-フ-ド・パスタ・サラダ・パン) 990円をいただくことに・・・
店内は、シェフ1人で注文と料理を作られているので・・・ここでも、ゆっくりとした島時間を感じることができます。
すると
何やら、厨房から聞こえてくるではありませんか![]()
島唄では・・・ないですが。。口笛でしょうか![]()
なんて、愉快なんでしょうか
そして、楽しそう![]()
優しそうなシェフの口笛の調味料に、奄美の良さを感じることができました。
パスタは、ペペロンチーノ
お肉は、島豚のゴルゴンゾ~ラチーズソースでありました![]()
意外な、サプライズなソース
でしたが・・・![]()
癖もなく食べやすく仕上がっていたので、島豚の旨みが引き立っていましたね![]()
なんなく、ペロリと・・・ごちそうさまでした。
そして、「フォンキさん」貴重な島時間をありがとうございます![]()
シェフのお名前のとおり
スロウ な島時間に フランク なお人柄
間違いございませんね![]()
◆こちらのお店は、空港からも5~10分と近いので
到着日のランチや帰りの飛行機の前の食事にもGOOD
だと思います。そして、家族づれでも安心です![]()
また、奄美大島訪れたいなぁ
滞在時間:28時間
それにしても・・・鹿児島は九州・屋久島・奄美と同じ県なのに雰囲気が全然ちがいますね![]()
鹿児島県の魅力は奥深しですね![]()
短い時間でしたが下記のような背景がわかるとさらに旅が楽しくもなると思います![]()
~番外編~
◆大切な歴史話◆
歴史に詳しい方は、ご存じだとは思いますが・・・意外に、知られていないのは奄美大島も沖縄と同様にアメリカの統治下に置かされていたということ。北緯30度以南(十島村と奄美群島)はアメリカ世だったんですね。
なので、奄美は約8年近く(昭和21年2月2日~昭和28年12月25日)もアメリカの統治下ということになります。
当時は、食料の自給も貧しく日本との航海は全面的に禁止。そのため「口之島」を経由して鹿児島と密航が行われていました(通称ヤミ船)。内容は、主に奄美の砂糖を日用品等と交換したようです。
復帰運動について:日本と切り離されて外国の統治下におかれた地域は、沖縄や小笠原諸島など他にもありますが全郡をあげて長期的・組織的・大規模な復帰運動を展開できたのは奄美だけだったようです。
沖縄では、琉球王朝のような沖縄国をめざす運動などもあり、署名活動も72%となっています。
◆ちょこっと歴史話◆
明治12年(1879年)ヤソ教(キリスト教)が伝わる。笠利集落では、金久地区と里地区の争いが絶えなかったため集落の有志の寄り合いで「文化的教養」としてキリスト教の受け入れを決めたといわれています。そして、
カトリック迫害http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%84%E7%BE%8E%E3%82%AB%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E8%BF%AB%E5%AE%B3 などもあったようです。
上記:奄美の歴史入門より
◆奄美大島 14:20発~羽田 16:25分着 羽田 エアタ~ミナル グリル キハチ で夕食後、自由散策
◆羽田 20:05発~小松 21:05着
*次回は、もう1本早い時間(羽田・小松)で・・帰ってこようと思います。
お土産いろいろ
弾丸、週末奄美旅行記でした。






