今回は私自身の記録として書いたものです。
長文になりますがご了承ください。
5/7未明
我が家の家族(ペット)の
ハリネズミの大吉が永眠しました。
毎日学校に行くのがやっとだった娘が
どうしてもハリネズミを飼いたいと
言いだしました。
でも私達夫婦は、動物を飼うことを
ずっと避けてきたのです。
それは2人とも昔、実家で犬などを
飼っており、
生命の尊さやいつか訪れる死の悲しさを
知っていたからです。
でもそれは私達が経験して来たからこそ
わかることで、彼女にはまだわからないこと…
私の心は複雑で葛藤していました。
人間のエゴとも思える『飼う』という事。
自然ではないという行為。
だから『飼う』という概念ではなく、
『共存』への意識として。
そしてペットとと言う存在ではなく、
家族としていてくれるからこそ
人間が学べる事も沢山あるという意識で
迎えることに。
娘は小さな頃からあまりワガママを言う子
ではなかったので、彼女の中では
かなり強い要望なのだと私には伝わったので、
彼女としっかりと大吉を迎えにあたっての
約束事をし迎えることとなりました。
学校で嫌な事があっても家に帰ると
大吉が娘を癒やしてくれていました。
大吉の存在は娘にとってかけがえのない存在に。
しかし、初めは献身的に世話をしていた娘も
段々と面倒になってきました。
残念なのは娘が約束を守らなかった事でした。
生命を責任を持って扱うことの重要性を
もう少しわかって欲しかったです。
自分は休みの日に昼まで寝ていても、
大吉はお腹をすかして待つしかない。
どうせママがやってくれる…
そんな日々が続いていきました。
最後まで責任を持ってやらせること、
彼女の成長の為にも私は手を出してはいけないとずっと思っていましたが、それこそ大吉の命が
危ぶまれかねないので、結局は私が主に
面倒を見る事になりました。
でも私は大吉を家の家族の一員と思って
初めから違和感なく思っていたし、
むしろ私自身までも面倒を見る事で
癒されている事に気づいていきました。
ところが今年の初め頃から大吉の様子が
おかしくなりはじめました。
急激に寒くなった頃、嘔吐した数日後
急に左腕が動かなくなり
続いて右足が動かなくなっていきました。
容体は急激に悪化し、とうとう2月には完全に
自力では動けなくなり、寝たきりの介護が
始まりました。獣医さんにもハッキリとした
原因は分からず、ただただ介護の毎日と
なりました。
それでも2度の危篤を乗り越え、毎日懸命に
頑張る大吉は私達家族に沢山の無償の愛と
癒やしをくれました。
私もマッサージやヒーリング、
食べ物への配慮、
出来る限りの事はしてきました。
そして大吉が亡くなる前日5/6朝はいつもと
変わらずゴハンも水も飲んでいたのですが、
夜食欲があまりなく、
呼吸が少し大きくなって
いたので心配していました。
7日朝、不安は的中してしまいました。
既に息を引き取り硬直し始めていました。
でもまだ少し暖かく死んだとは思えませんでした。唯一救いだったのは苦しまず
安らかな顔で逝けた(と私達は思っています)
事でした。
こんなに小さな生命の存在が
いつの間にか我が家では大きな存在になって
いた事を家族全員が感じ、
涙が止まりませんでした。
自然と本当の家族になっていたのです。
犬や猫のようなメジャーな動物でなかった
だけに、病気の原因もわからず、情報も何もかもが初めての動物だっただけに、(今は大分ハリネズミ情報も増えましたが)大吉には充分な情報の
準備なく迎えたリスクは多大にあった中で、
1年8ヶ月の間に沢山の事を学ばせてもらい、沢山の愛と喜びと癒やし、そして楽しい思い出をもらいました。
大吉、天国では自由に楽しくね。
沢山のプレゼントをありがとう。
私達がそちらにいったらまた遊ぼうね。
ありがとう、バイバイ。
皆様、動物(生命)を迎える時には事前情報を
知り、最後までしっかりと責任を持って
家族として迎えてください。
それが私の願いの1つでもあります。
最後まで長文をお読みくださいまして
ありがとうございました。
