こんばんは。
突然なんですが、
メンタルって
どうしたら強くなりますか?
やっぱり、たくさん
経験を積む事しかない
んですかね?
こんなMailがきたの。
でも経験積むだけでホントにいいのかな?
そもそもメンタル強くなきゃいけないのかな?(笑)
あたしなりにお返事したMailはこれ。
☆周りの状況など自分を取り巻く全てを受け入れること
☆自分は(そして皆も)‘幸せになるために生まれてきたんだ’って心の底から信頼すること
☆強くなろうとするより、まずは自分の弱さを含めて全部を大好きになること
☆泣きたい時はいっぱい泣くこと(私のオススメはバスタオル用意して小学生みたいに声出してオイオイ泣くこと)
☆自分一人ではなく誰かに頼ってみること
☆今の自分の感情を‘味わい尽くしてみる’こと
(へ~~。自分てこぉいう時にこぉいう気持ちになるんんだ~~。って分かって、あ、今凄いドロドロした感情を抱いてる、とか、あ♪なんなフワフワした気持ちだ♪とか)
まずはこんなヒントを
送ります。(*^o^*)
突然なんですが、
メンタルって
どうしたら強くなりますか?
やっぱり、たくさん
経験を積む事しかない
んですかね?
こんなMailがきたの。
でも経験積むだけでホントにいいのかな?
そもそもメンタル強くなきゃいけないのかな?(笑)
あたしなりにお返事したMailはこれ。
☆周りの状況など自分を取り巻く全てを受け入れること
☆自分は(そして皆も)‘幸せになるために生まれてきたんだ’って心の底から信頼すること
☆強くなろうとするより、まずは自分の弱さを含めて全部を大好きになること
☆泣きたい時はいっぱい泣くこと(私のオススメはバスタオル用意して小学生みたいに声出してオイオイ泣くこと)
☆自分一人ではなく誰かに頼ってみること
☆今の自分の感情を‘味わい尽くしてみる’こと
(へ~~。自分てこぉいう時にこぉいう気持ちになるんんだ~~。って分かって、あ、今凄いドロドロした感情を抱いてる、とか、あ♪なんなフワフワした気持ちだ♪とか)
まずはこんなヒントを
送ります。(*^o^*)(1)「プライドのないところに成長はない」。このところ、つくづくそう思う。日本は停滞しているし、グローバル化に適応できていない。しかし、日本としてのプライドなしでは成長することはできない。ひともまた同じ。自負するところがなければ、高みを目指すことはできぬ。
(2)ところが、「プライド」をしばしば「現状肯定」としてとらえてしまうことがある。今のままでいいんだ、変わる必要はないんだ。そのような偏狭さと、ぼくが「成長のためにはプライドが必要」という時の「プライド」は、違うものだと感じる。どう整理すればよいか
(3)そこで思い出されるのが「科学」である。「科学」は変わることでこそ自らを定義づける。どんな理論や仮説も、絶対的ではない。「反証可能性」、つまり、それが間違っていると証明できる仮説でなければ、科学的仮説ではない。結果として、科学はどんどん変わっていく!
(4)同じ「科学」と言っても、ニュートンの頃の力学と、量子力学、相対性理論を経た現代の科学は、まったく違ったものである。それが、経験主義とか、論理的整合性などの「手続き」によって結びつけられている。変わることこそが、「科学」の「プライド」なのだ。
(5)「宗教」は、変わらないことを価値とするというところがある。一度教義が決まってしまうと、それがずっと固定化される傾向がある。変わらないことが、宗教のプライド。一方、科学は、パラダイム変化こそを 誇りとする。変わることこそが、科学のプライド。
(6)「プライド」という時に、変わらないことを誇るのか、変わることを誇るのか。ぼくは後者に託したいと思う。自分でも驚くほど、変わって見せる。今の自分から、這いつくばって、未来の自分を見上げて見せる。それが、ぼくのプライド。明日は今日とは異なるというのが、誇り。
(7)つまり、「プライド」の下での「自己」の概念は、「メタ」である。ある特定の状態を「自己」と言っているのではなく、変わりつつある、変わりうる「自己」の虹のスペクトラムを、「自分」と呼んでいるのだ。虹のように移ろいつつ、貫くプリンシプルこそが「自分」なのだ。
(8)生きる上でいちばん楽しいのは、変化しつつ、流れつつ、そこにずっとつながっている「自分」を見いだすことだろう。5歳の時に、子ども会で潮干狩りに行った時の「自分」と、「今、ここ」の自分はこんなにも違う。その違うことを思い出せるということが、私の「プライド」。
(9)日本を愛するというと、守旧派がそうだと言われがちだが、本当は明治維新の志士たちが最高の愛国者だったはずだ。そして、志士たちは、完膚無きまでに変わることを目指した。変わることが、私たちの「プライド」。「一身にして二世を経る」ことが、私たちの「誇り」。
茂木さんの「プライドとは、メタな概念である」ということについての、連続ツイート。
くだらないプライドに(*´艸`*)ププッ!ダサっ!!って言ってあげること、
そして貴方の本当の本当のプライドは?って思い出させてあげること、
それがアタシのお仕事です。
(2)ところが、「プライド」をしばしば「現状肯定」としてとらえてしまうことがある。今のままでいいんだ、変わる必要はないんだ。そのような偏狭さと、ぼくが「成長のためにはプライドが必要」という時の「プライド」は、違うものだと感じる。どう整理すればよいか
(3)そこで思い出されるのが「科学」である。「科学」は変わることでこそ自らを定義づける。どんな理論や仮説も、絶対的ではない。「反証可能性」、つまり、それが間違っていると証明できる仮説でなければ、科学的仮説ではない。結果として、科学はどんどん変わっていく!
(4)同じ「科学」と言っても、ニュートンの頃の力学と、量子力学、相対性理論を経た現代の科学は、まったく違ったものである。それが、経験主義とか、論理的整合性などの「手続き」によって結びつけられている。変わることこそが、「科学」の「プライド」なのだ。
(5)「宗教」は、変わらないことを価値とするというところがある。一度教義が決まってしまうと、それがずっと固定化される傾向がある。変わらないことが、宗教のプライド。一方、科学は、パラダイム変化こそを 誇りとする。変わることこそが、科学のプライド。
(6)「プライド」という時に、変わらないことを誇るのか、変わることを誇るのか。ぼくは後者に託したいと思う。自分でも驚くほど、変わって見せる。今の自分から、這いつくばって、未来の自分を見上げて見せる。それが、ぼくのプライド。明日は今日とは異なるというのが、誇り。
(7)つまり、「プライド」の下での「自己」の概念は、「メタ」である。ある特定の状態を「自己」と言っているのではなく、変わりつつある、変わりうる「自己」の虹のスペクトラムを、「自分」と呼んでいるのだ。虹のように移ろいつつ、貫くプリンシプルこそが「自分」なのだ。
(8)生きる上でいちばん楽しいのは、変化しつつ、流れつつ、そこにずっとつながっている「自分」を見いだすことだろう。5歳の時に、子ども会で潮干狩りに行った時の「自分」と、「今、ここ」の自分はこんなにも違う。その違うことを思い出せるということが、私の「プライド」。
(9)日本を愛するというと、守旧派がそうだと言われがちだが、本当は明治維新の志士たちが最高の愛国者だったはずだ。そして、志士たちは、完膚無きまでに変わることを目指した。変わることが、私たちの「プライド」。「一身にして二世を経る」ことが、私たちの「誇り」。
茂木さんの「プライドとは、メタな概念である」ということについての、連続ツイート。
くだらないプライドに(*´艸`*)ププッ!ダサっ!!って言ってあげること、
そして貴方の本当の本当のプライドは?って思い出させてあげること、
それがアタシのお仕事です。
【上司の仕事は、組織を壊すことだ。】
坂本龍馬の仕事は封建社会を壊すことでした。
今までみんなが当たり前だと思っていたことを全部つぶしていったのです。
「みんなそう思い込んでいるけれどもそれは本当かな。こんな考え方もできますよ」
と提案していったのです。
『今からお会いしましょう』中谷彰宏
壊すょ。
アタシも。
若いみんなも力を貸してネ。
だからその為に、
今は壊す物が何かを学んでいるんだょ。
闘うものが何かを分かった方がいいからね。
これが今のアタシの考え。
間違ってるかも知れないけど、
毎日毎日考えながら
出て来たのがコレだょ。
逃げるのでなく
壊す為に
アタシは働いている。
坂本龍馬の仕事は封建社会を壊すことでした。
今までみんなが当たり前だと思っていたことを全部つぶしていったのです。
「みんなそう思い込んでいるけれどもそれは本当かな。こんな考え方もできますよ」
と提案していったのです。
『今からお会いしましょう』中谷彰宏
壊すょ。
アタシも。
若いみんなも力を貸してネ。
だからその為に、
今は壊す物が何かを学んでいるんだょ。
闘うものが何かを分かった方がいいからね。
これが今のアタシの考え。
間違ってるかも知れないけど、
毎日毎日考えながら
出て来たのがコレだょ。
逃げるのでなく
壊す為に
アタシは働いている。