この三連休に、『50歳からの生き方のヒント《孫子の兵法》』を読破してみた。
自分自身も、あっという間に50歳になりかかろうとしている。
年とればとるほど、いずれ無職となり無収入となる。
会社という組織から離脱され、孤立するだけである。
年寄りは無職となり、金貰えず、懐の金が減るだけである。
老後生活の資金や生活費用の工面が、困難となる。これからの時代は、三人に二人が老人になる時代になると言われる。
しかし、何らかの趣味に徹しないと、後半第二の人生を楽しく豊かにならない。
しかし、趣味に徹するには、お金がないと趣味を楽しめない。
しかも私の場合、独身なら孤独死するしかない。住まいでの孤独死なら異臭が漂うだけである。しかし、家族いれば死ねば骨を拾われ、冷たい墓石の中に埋められるだけである。
50歳以降の人生を考えると、むなしくなるだけである。
そんなむなしい事をつらつら考えながら、復唱するが、今回も孫子の兵法に関する書籍を読んでみた。
孫子の兵法は、基本原則しか述べていない。この基本原則をどのようにいかに実生活に活かせるか?活かしているかは、人それぞれ様々である。
だからこそ、孫子の兵法という書籍には、様々な解釈がされているのである。
今回の書籍に記述されている『智将は務めて敵に食む』について、述べてみたい。
知将は敵に食む
「敵地に遠征している優れた将軍は、敵地での食料調達を考えるものである。敵の穀物を、一鍾(約120リットル)食べることは、自国から運んだ二十鍾に相当するものだからである。」と、ネットでは記述されている。
しかし、この書籍の場合、自身に与えられている今の居場所を、可能な限り利用しまくるしかないという意味合いで解釈されている。
一言で言うと、利用出来るものは、可能な限り利用する。知将は敵の食料を奪取して間に合わせるのである。
今私が居られる現会社、現業務、住まいをこの書籍孫子の兵法から解釈すると、下記の通りである。
物流実務経験は、今の居場所で仕事をしないと身に付かない。
職務能力の向上も、今の居場所で仕事をしないと身に付かない。
身体能力の向上は、生活空間のすぐ近くに身体を鍛えるスポーツジムがないと、毎日トレーニング出来ない。
格闘技術の学習は、格闘技経験ある人が近所にいないと学習出来ない。
人的ネットワークの構築も、今の生活空間である近所からでないと、構築されてこない。
仕事以外の付き合いを広げるには、人の集まる場所に行く。
スポーツクラブ、ボランティアなどが一例である。
人の集まる場所に行かないと、情報が入らないし、人擦れせず変人化する
結局、今いる自分自身の居場所で、自身の持ち味を磨きあげるしかないのである。兵糧は強奪がベストなのである。
自分自身をレベルアップさせたいなら、今与えられたその環境を、利用するしかない。
家康も、彼自身が積極的に敵に食むタイプであった。
信長、秀吉の配下に入り、逆らわなかった。
自分自身を、レベルアップさせる為である。
だからこそ、棚からぼた餅みたいに天下獲得出来た。
正に家康は、水のように、やわらかく弱々しい。決して争おうとしない。
丸い器に入れれば丸くなり、四角い器に入れれば四角になる。形にとらわれず、自由自在である。ところが形を持たないから、かえって、どんな小さな隙間にも入ってゆき、どんな巨岩をも粉々にしてしまう。
即ち水とは、柔らかく弱々しいことに徹して何よりも強いと言える。