時折送られてくる日経WOMAN ARIAからのメール、
Facebookでもフォローしているのだが、
その中の連載に老いた両親(正確には父親が亡くなり母親が認知症となり施設に…だが)の空き家となってしまった家の維持に悩む女性の連載がある。毎回読んでいたのだが、今回改めて実感したことがある。
それは…
私も既に心配される側に立っているのではないかという現実だ。
今夏、叔父の亡くなった後の諸々を姉と二人で対処しながら、叔父が生前幾つかの手続きをしていたことで、本当に助かっていること、同時にここ数年は結構頑張って生きていたこと、出来なくなりつつある諸事を、それでも人に託すということができずに過ごしていたこと、そんなこんなを改めて気付かされた。
老いることの現実を自らが自覚して覚悟して誰かに託していくことの難しさ、大変さ、切なさ、辛さ、自分にも問われてもいるのだろうな。
もちろん、まだまだ最低でも後20年くらいは何とか自力で生きていきたいとは思っているけれど、多分子どもの側は、もう少し近い未来を見ているのかもしれないと。
ほぼLINEの連絡で終始している今、落ち着いたら会って話すをもう少し増やしたいな。
ひとりの朝は胚芽ブレッドで…このパンは、私がほぼ最初にアルバイトをした藤沢のパン屋さんのもの。
先日所用で藤沢に降りた時、ルミネ内で手に入れた。
今は藤沢から少し海に近いエリアでレストラン併設の大きなお店となっている。今となっては45年以上前のアルバイトだけど、未だに色々細かなことまで思い出すのだ。