私の父方のおばあちゃんは、今年で102歳。
今は、老人ホームに入居しています。
今日は、2か月ぶりに息子を連れて会いに行きました。
いつもは、エレベーターを降りた所にあるエントランスにいるおばあちゃん。
…だけど、今日は珍しく自分の部屋で寝ていました。
第一印象は、2が月前よりだいぶと痩せた印象で、表情にもあまり元気がない。
私と息子の顔を見ると、にっこり笑って、今日もいつもの…「ようきてくれたなぁ。あんた誰や?」という会話から始まりました。
聞くところによると、どうやら数年前に骨折した足~腰にかけてが痛くて起きていられないとのこと。
もう完治しているけれど、特に夜になると骨がうずいて寝れないのだそう。
そして二言目には、またいつもの
「自分のうちに帰りたい…もう(あの世から)早く迎えに来て欲しい…」と言うのです。
多分、淋しいのでしょうね…
淋しさが、痛みを生んでいるのだと思います。
私は、布団の中のおばあちゃんの硬くなった足に触れて、しばらくゆっくりさすっていました。
おばあちゃんは、天井を見つめたまま、何かを感じているようでした。
目に潤いが、頬にうっすら赤身が戻って、何だか嬉しそうでした。
おばあちゃんの足に触れている間、
私は、幼い頃に毎朝お布団の中でおばあちゃんにマッサージをしてもらっていたことを思い出していました。
そうして、今、私がおばあちゃんの足をさすっているんだな…と長い時の差を感じていました。
“102歳のおばあちゃんと、横で遊ぶ2歳の息子、そして私の幼い頃と今”が
静かな空間と私の中に交じりあっていて、
私の胸は複雑で…それでいて温かい気持ちになりました。
「おばあちゃんにも、この子のような頃があったんよねぇ。
それから100年もの間、戦争時代も生き抜いて、5人の子供を産み育てて、何十人もの孫・ひ孫がいて…今があるんだね。」
…と、まだかろうじて聞き取れる右の耳元で話しかけました。
帰り際、おばあちゃんはいつものように何度も何度も
「ありがとう、ありがとう。
ほんまによう来てくれた。
元気でな。気をつけて。
忙しいやろうから、ええで。
でもまた遊びに来てな。」
と笑顔で手を振ってくれました。
「触れる」ってすごいな。
人を元気にする力があるから。
そして、私もおばあちゃんに触れられて、心が満たされました。
「触れることは、触れられること」ってこのことですね。
そして、こうしてお互いが生きていて、温かい交流ができるって幸せだな…と。
また会いにいこう。
今の私にできることをしに。
