回顧録⑨ | 共栄次郎のブログ

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どーも♪

何となく始めましたw

どーも🙋‍♀️






19才の私の閃き。


ミラージュサイボーグにコーナーで勝ち、ストレートでランエボに勝てる車を買えばいい…ニャリ。



そう、BNR32 GT-R

最強と謳われし RB26DETT


中坊時代のトキメキを現実にするべく、

私は早速行動に移すべしと言う事で、月々10万円の支払い+GTI-Rのダブルローンを敢行。


スタンドの給料が残業しまくりで、手取り24万。

ガス代やタイヤ代が安いのが唯一の救いで、雑費含め支払いは月々18万程あったかと思います。

仕事終わりにバイトも行きました。

それでも全て32Rのため!


車両探しは、スタンドの隣りにあった日産の営業マンに頼み、検切れガンメタ無事故3万キロ以下で予算380万。


ガンメタは32Rのイメージカラー。



検切れは、当時は車高調は構造変更し公認をとる為に敢えての検切れ。


車高調は、エナペダルでフルオーダー(ビルシュタインをカスタムするメーカー)にて、70㍉ショートストローク70㍉ショートケースをサーキットスペックにてオーダー。


車両が来る前にオーダーしたもの、納期3ヶ月で車両は先に到着し、ナンバーなしでスタンドのピットが車庫替わりになりました。


何故、公認にこだわっていたかと言うと、当時は車高が純正より30㍉以下で違法改造。

街中で車高が低いとポリスに速攻拿捕されており、私のGTI-Rはガソリンスタンドの目立つ所に止めてあったので、「お前、コスモだろ?」と既にバレバレでした。


今では信じられませんが、それくらい車高を下げる車は少なかったのです。



駄菓子菓子!


丁度、公認取得を目指ざしていた折り法改正で車高調でも構造変更不要で車検取得が可能に!


この規制緩和で車高調を発売するメーカーが急増し、カスタムの世界が一般に広がったイメージです。



おかげで、わざわざ構造変更を行う必要もなくなり、ノーマルでナンバー取得。


外装をN1ライトにフルニスモ化。

リップはちょい大きめのショップオリジナルのFRP。


ザウルスのフロントパイプからフルストレートのレース管にクリーナー。

ショップでROMチューンとブーストアップ。

ホイールは、発売間もないBBS LMにRE71kai。


私のBBSライフの始まりです。笑



GTRナンバー取得後、サーキットタイムアタックをしばらく走り、ドリフトやってるツレと再び合流しアテーサーヒューズ抜きでドリフトするも、完全にFRにならず苦悶。



そんな時、たまたま先輩から10万でAE86あるけど。

って話しがあり、即決!



GTRは休日のお出かけCARに。笑


丁度、20才で成人式に乗ってきましたが、結構目立ちましたね。

何故だかGTRは、地元の僅かなGTRオーナーとも知り合いになる不思議な車でした。


地元には、ピンクパールに深リムガルドマイアーでキャンバー切ってたイカれた先輩もいましたwww



AE86レビン後期2drを10万で手に入れた私は、本格的にドリフトへの道へ突入するのでした。



つづく





では🙋‍♀️