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ニッポン生まれのセルロイド

民俗学・哲学・心理学・社会学……人文学を大学で専攻後、奇妙な縁で「自分と同じまみれ」の会社に就職。現在転職活動中。

こんにちは、grosso72です!

 

ただいまwebデザイナー目指して、本格的に8月中旬から学校が始まるまで、

断片的にですがphotoshopやhtml/cssについて勉強してます。

失業保険がもらえるまでの10月までは、当面週2のバイトと貯金で食いつながなければならない…なので、

積極的に食費と交際費を削るため、人に合わない&地元を出ない生活を始めました(お前)

 

かといって、家とfreeWi-Fiが使える図書館の往復では、刺激もない。

このままでは頭も鈍ってしまうということで、幸い、市が無料イベントや講座を開いて下さってたため、最近はそういう場所に顔を出し始めました。

 

さて。タイトルにあるように、そんな市の講座を通して感じた今回は少し堅いテーマのお話をしようと思っています。

ズバリ。我が埼玉県の田舎町にでも、「義務教育終了後の発達障害がある子供たちの未来を考える」というタイトルでの講演会が遂に開かれることになりました。

講演会のチラシを見たときはしみじみと……。

「ああ、自分が子供時代には受けられなかった発達障害への支援が、市民講座レベルまで認知されるようになったんだな」と思いました。

ある種の期待感を胸に、聴講しに行きました。

 

会場は150名まで入場可能で、私が早めに入場した時には、すでに満席の状態。

聴きに来ているのは、私のような地元住民であったり、中学卒業後の子供の進路を考える会だったので、その保護者の方々がご両親でご来場されている感じでした。

講師の方が入場されて登壇。約3時間半のスケジュールで3講座が開催される内容でした。

 

結論として、ある意味ショックも受けました。

特に、講座①がヤバかった……思った印象を書いておきます

 

 

講座① 特別支援学校(高校)の支援員の方の話

→就職のための専門的な技術を学ぶ高校の話。

 

ものすごく感じたのは、「私は二次障害でうつ病にはなったけど、普通の高校・大学・就職を一度は経験させてもらってよかった」ということでした。

何というか……話が成功事例ばかり。その「成功」の内容が、

 

・入学前から8個ある専門コースを選択し、振り分けられる。(入学後変更不可)

・高校入学前から障がい者雇用での就労を義務付けられる。

・学校から自宅にいるまでが、すべて社会で働いていくための実践。

プライベートでもたるんだ生活は一切許さない。

 

聴いたとき、「は?」と。

何というか……、教育機関である学校が、社会を美化しすぎですね。

個性、本人の希望を無視している、悪質な教育とすら感じてしまいました。

 

どうして支援員の登壇者があそこまで子供の意思決定権と自由を奪っておいて、「自分は子供の支援に成功した」と胸を堂々と張れるのか。

本当に意味が分からなかった。

お母さんも良く疑わないな……、息子の幸せを本当に願ってるのかって。

……戸塚ヨットスクール?一種の宗教?とまで感じてしまう講演でした。

 

だって、高校生なんて全然進路で悩む途上で当然じゃないですか。

24になった私ですら、就職して悩み、転職して悩み、まだまだこれから進路変更していく途中です。

 

それをねぇ……「障がい者としての就職のため」だけに特化した勉強をさせるのはおかしい。

就職実績を作るためだけに、子供を矯正していく高校生活。

 

「素直!」

「嘘を絶対つかない!」

「正しい生活サイクルで学校外でも生きる!」

「真面目に!」

「仕事をして生きていく!」

 

と教え込む。

 

馬鹿か?

 

「障がい者の枠の範疇で、清く正しく生きろ」と?

 

 

「働くために生きてるんですか?」

「生きるために働いてるんじゃないんですか?」

って聞きたい。

 

 

「社会ってそんなとこじゃない」って。

一応社会まで出た、大学まで超真面目に生きてきた、発達障害の私が断言します。

 

前の職場には、経営者も含めて。

発達障害である人(恐らく本人気づいてない)、身体障害のある人、一般人だけど機能不全家族で育ち、過去のトラウマが影響して、職場の人間関係にも支障を来すような人格を形成した人……。

元々は不良やフリーター、引きこもり、夜の世界で生きていた人も。

たった社員は30人。パート含めて130人くらいなのに、本当に何にもない人の方が珍しかった。

 

嘘つく奴、嫉妬する奴、大半は徒党を組んでて、みんな噂が大好きです。

健常者なら仕事を体よくサボる人、建前や暗黙の了解の方が多い。特に日本は。

 

それをですよ…。高校生の内から「障がい者として、疑いなく育て上げる」「正しさの中に押し込める」のってさ。

絶対、こんだけ汚いこともある社会で、親の手を離れた後、騙されて生きてけなくなると思うんですよ。

二度と「作り上げた障がい者としてのキレイなイメージの社会構造」から出られなくなる。

一般人ですら、どっかしらで無理ゲーして体壊してる、この社会で。

 

子供の内は保護されても、大人になったら体よく使われていくだけ。

だったら、社会の醜さとか、適度なサボり方とか、雑談の仕方とか、一般人の心の持ち方とか。

 

「一般人のことも理解してあげる」「突出した部分を伸ばしていく」教育・経験に、傾けていった方がいいんじゃないかって思った。

「障がい者としての専門性を高めていく」のではなくて。

 

じゃないと、この2者間にはマリアナ海溝のように深い溝が一生引かれる。

 

 

もちろん社会的に、堅いビジネスマナーとか、一般的な振舞いも重要よ。これは障害、健常どちらにだって言える。

むしろ、健常者にも出来ない奴いっぱいいるって知ってるし。

 

大学含め、人間関係の勉強をしたから理解は出来てるんですよ。

実践とコントロールはまだ出来てないですが……。

発達障害で苦しんでいる私たちに対して、それを管理する健常者も十分苦しんでるって。

管理できなかったら、仕事上では全て上司の責任になってしまいますからね。リスクがあるわけです。

 

ただ、社会が忙しくなって、人の心の許容範囲が狭くなっているから、全体的に皆余裕を持てないんだろう。

認知度はかなり広まってきたけども、発達障害の直し様のない「悪い面」ばかりがクローズアップされて、一方的に「職場の皆さんが理解を示してあげましょう」で多くが締めくくられてしまう。

それもそれで、健常者にはとっては、前提知識がない中から学び、少ない情報で配慮しなければならない。

発達障害者が抱える悩み程度に困難なのだ。

 

これから先、お互いが手を取り合って生きていくためには、成長過程の教育が必要不可欠だと思う。

何なら、義務教育の段階で一般教育のカリキュラムに組み込むべきだと思っている。

そうしないと、いくら一部の教育機関や支援機関で障がい者を支援したとしても、それは模擬的に趣味レーションされた世界でのトレーニングであって。

現実的な世の中での理解は、絶対得られないだろう。

 

何だろうね……。特性とやりたいこととして向いているだろうと、転職を機にwebデザイナーを目指すことにしたけど。

プログラミングとかweb業界とかにも触れて。発達障害も、労働環境の是正とか世間の動きと共に出現してきた、現代の価値観なのかなーとつくづく思っています。