『よーいどん』で走らせたら最初からめちゃくちゃ速い子とそうでない子がいるように、


やはり勉強にも「ある程度」の向き不向きはあります。(性格的なものではなく能力的なもの)


私はそれを「器用さ」と呼んでいます。

もちろん「不器用な子」もいます。(小さい頃の花田は完全にこっち。3月生まれだし)



でも器用も不器用もある程度のレンジの中におさまります。色んな子を見てきてそんな気がします。



少し勉強に対して器用さが見られる子だと、

「あれ?もしかしてウチの子ギフテッド?」って期待しちゃう気持ち、よくわかります。



特別ですもんね。

嬉しいですよね。



『定型から外れる』といういうと〜障害とか〜症候群とかそういうものばかり思い浮かんで、「そんな子達は大変ねぇ(ウチは違ってよかった)」って思うかもしれません。



じゃあなぜその人達は大変だと思うのですか?



「普通じゃない」から?

「生きづらそう」だから?



『ギフテッド』だって十分定型から外れてます。(だから「ギフテッド」なんですよね)



ということは、同様に「生きづらさ」を抱えているはずなんです。



誤解を恐れずに言えば『定型から外れる』って本当に大変なんですよ。



専門家でもなんでもないですけど。



私は『ギフテッド』には会ったことはないです。

ここ数年の3Rで『器用さ』の傾向が強い子は教えました。2人とも東大にいきました。

でもしっかりがっつり勉強してましたし、『自分より頭のいい人なんてたくさんいる』って言ってましたよ。

あと、多少の生きづらさを感じることはあったみたいです。何がってことではないですが。




『ギフテッド』っていう言葉で儲けようとしている人もいるので気をつけて。

(以前どこかで『ギフテッドに育てる!』っていうキャッチフレーズをみて盛大にずっこけたことがあります。育てたらギフテッドじゃないじゃん笑)



言葉は思考を作ります。

そんなに簡単に使っていい言葉ではないと思うのであります。



『10で神童、15で天才、20歳こえればタダの人』なんて言葉がありましたけどね。



そう言えば、英語で副詞の『too(〜すぎる)』は否定語って教えるなぁ。



何事も表裏一体。

何事も。