毎日、死ぬことについてばかり考えるようになった。
寝起きが悪くなり、行動も遅くなった。
スマフォを1日中使用し、自殺の方法ばかりを調べまくった。
首吊り、飛び降り、餓死、練炭...
食生活が極端に乱れ、入浴もままならなくなったのはこの頃からであった。
ネットには年齢制限がかかっていたが、あらゆるサイトを除けばその網をかいくぐりぬけて、閲覧することは容易だった。
ネットの情報なので参考になるかどうかは良く分からなかったが、どうやら首吊りという手段が一番楽らしい。
どうせ死ぬなら見た目や周りの迷惑などどうでも良い。
それなら、できるだけ楽な手段を選ぼう、そう思った。
毎日、夜に起きて外に出て機会をうかがった。
実行する場所には困らなかった。
だが、一番苦労したことがある。
それは恐怖心だ。
いくら楽な手段だと聞いたとしても、やはり死ぬのは怖いのだ。
生物としての製造本能と全てを終わりにしたいという気持ちが絶え間なくぶつかっていた。
十回以上だろうか。外に出ては恐怖心に負けて再び明日を迎えるという日々を過ごした。
10回以上躊躇ったのちに、やっと決心がついた。
遂に死への恐怖心、生存本能より、生きている苦痛の方が勝ったのだ。
私はベルトを木にひっかけて、覚悟を決めて踏み台を蹴った。
一瞬にして意識が遠のき、死への通路が開けたように思えた。
だが、次の瞬間、私は強い衝撃によって現実世界へと引き戻された。
ベルトが切れて地面に落下したのだ。
足を強く打ったくらいで、特に負傷はしなかった。
この頃から流石に自分でも何かがおかしいと自覚するようになった。
学校で友達に一方的に話してしまったり、先生に向かって感情を抑えられず、急にキレてしまったりしたこともあった。
両親と相談して病院へ行くことになった。
幼少期の頃どんな感じだったかを聞かれたり、筆記テストを行ったりした。
診断名は注意欠陥多動性障害と自閉症スペクトラム障害。
衝撃だった。
私はその頃自分がどこか周りと違うことは既に自覚済みであったが、何らかの精神疾患ではないかと予想していたのだ。
鬱病とか、統合失調症、あるいは双極性障害、そういう類のものだと思っていた。
一番不調だった時期は、もしかしたら二次障害としてそういった類のものも併発していたのかもしれない。
深夜に発狂したり、幻覚、幻聴が聞こえた時期もあったからだ。
それだけに、最初は「まさか?」と思った。
しかしながら、診断名がついて安心したのもまた事実だ。
こんなに苦労をしてきたのに、病気でも障害でもないのなら、たまったものではない。