・第31話 魔法少女界の裏番長
その日、伊藤絵里は久しぶりに外に出ていた。今日が退院初日なのだ。彼女の身体は奇跡的な回復を見せ、日常生活を送れるようにまでなった。だが、やはり身体は以前の状態に完全に戻ったわけではない。趣味の陸上では日本最高記録をたたき出した彼女だが、二度とそれに復帰することはできないだろう。記憶だって、未だにあまりないのだ。周りの人の話を聞いて情報を整理していた。残り少ない数記憶のうちの1つが、魔法少女としてイーグルを倒していたということだ。本能だけが彼女を突き動かしていた。身体が向かった先には一体のイーグルがいた。魔法少女に変身する。地面に着地する際に少しよろめいた。戦闘の方も以前のようにはいかなかった。イーグルに徐々に押されていく絵里。かつて最強の魔法少女と呼ばれた時期からは程遠い安定しない戦闘スタイル。突如、イーグルが突然爆発した。彼女は驚いて目を見開く。後ろにショートヘアの高身長の少女が立っている。
「全く、かつて最強と言われたあの伊藤絵里がこのザマとはね。」
「ありがとうございます。」、絵里は丁重にお礼を述べた。
彼女の名前は草間千尋。この街で密かに暗躍している魔法少女だ。
「全く、伊藤絵里があんな状態だっつーのに、最近の日本の魔法少女や魔法少年ときたら。イーグルと戦う勇気もない腰抜けと私利私欲のために動く人間ばかり。ふざけやがって。俺1人でイーグル狩りした方がまだマシだっつーの。」
片方のポケットに手を突っ込み、もう一方の手で煙草に火をつける。千尋はいわゆるトランスジェンダーだった。彼女自身の性格などからも一般的な女の子からは忌み嫌われていた。だが、彼女も彼女なりに大変な苦労があった。両親は彼女が中学生になったばかりの頃にあの世に旅立った。父親は人を手にかけ、刑務所に入った後自害。母親は父が犯罪者になったのを見かねて、自宅で首を吊った。性格がとっつきにくい上に、親が犯罪者となると彼女のことは誰もが避けた。中学は義務教育なので経済的な心配はそこまでなかったが、高校に入ってからは週5でバイトをするようになった。それでも生活はギリギリだった。食事が十分にとれないのは日常茶飯事だし、お金がないので御洒落をすることもままならない。現実の嫌なことから目を逸らすため未成年にもかかわらず酒と煙草に溺れる日々を送っていた。