・マイノリティの苦悩
湊音がイデアとの特訓を始めてから一か月ちょっとが経とうとしていた。
イデアが湊音に別れを告げたのはつい先日のこと。
何でも、少し野暮用ができたのでこの世界をしばらく離れるというのだ。
イデアは最後までいろいろなことを教えてくれた。
デストロイアは今も人々の不幸を集めてこの世界を自分の支配下に治めようと企んでいること。
取り切れなかった不幸は「不幸の残骸」となり人々から不幸を奪うこと。
それを阻止するための幸福の戦士、デューグリュックが現れたこと。
想像力と真っすぐな強い心を有していればどんな人でもディーグリュックに成れること。
更に、イデアは湊音に人の心の中に行く方法、ディーグリュックになる方法までをも教えた。
そして、こう言ったのだ。
「ぼくがいない間にもしものことがあれば、湊音、君自身がディーグリュックに成って世界を守って欲しい。」
デストロイアが向かった先、それは過去の世界。
現在の世界で人々の想像力が消えていくに連れて想像力の世界の人間の姿が薄れていくことに彼自身も気づいていたのだ。
このまま想像力が失われ続ければ彼の存在は消えてしまう。
それを阻止するためには過去の世界に存在する想像力の花、フォーアッシュフラワーから想像力の源を抜き取ってこちらの世界に持ち帰らなければならない。
だが、フォーアッシュフラワーから想像力の源を完全に取り除くことは難しい。
多くの場合は取り残された想像力の残骸が想像力を求めて暴れまわる結果になる。
過去の世界をデストロイアの干渉から守るため、イデアは湊音を残して過去に飛び去ったのだ。
この時、もう1人過去の世界に来ていた者があった。
白石梨乃の心を守っている精霊、ミラクである。
梨乃もデストロイアが過去に飛んだことに気づいており、フォーアッシュフラワーを見つけたら知らせるようミラクに頼んでいたのだ。
フォーアッシュフラワーはそう簡単に見つかるような代物ではない。
今、誰が一番先にそれを見つけられるかというデストロイア、イデア、ミラクの3人による戦いの火ぶたが切って落とされた。
一方、現在の世界ではデストロイアの代わりに人の心の中に侵入している者があった。
「俺、いや、私があなたの不幸を減らしてやるよ。」
彼、いや、彼女はそう言ってある男性から不幸を吸い取った。
彼女は現在高校二年生。
名を月島伊吹と言った。
身長170cm以上、髪型はショートヘアである。
デストロイアが彼女のもとに訪れたのはごく最近のことである。
何時ものようにタコ焼きやでのバイトを終えた後、公園のベンチに腰を掛けながら夕飯を食べていた時、後ろから声を掛けられた。
「不幸を減らしたくはないか。」
「そりゃあ、まあ、減らしたいに決まってるけど。」
身構えながらそう答えると、彼から杖を渡された。
「この杖を使って円を描いて不幸な人間の心の中に入り、不幸に杖をあてると人の不幸を取り除くことができる。その作業を繰り返せばお前も幸せになれる。」
そう言い残して、デストロイアは去っていったのだ。
伊吹が最初に目を付けたのはトランスジェンダーの男性だった。
自身もトランスジェンダーであることによって生活に制限を受けてきた彼女は同じ境遇の人から不幸を取り除きたいと思ったのだ。
その時、2人の少女と1人の少年が男性の心の中に入ってきた。
伊吹は3人のことを不思議そうに見つめると、外の世界へと出て行った。
「今の子誰だろう? デストロイアの手先かな?」
「わからない。そんなことより不幸の残骸をどうにかしなきゃ。」
「うん、行くよ!」
「マジカルトランスフォーマー!」
2人の少女は魔法少女の姿に変身した。
それを見て、湊音は「ああいう風にやれば良いんだ。」、と心の中で頷いた。
「少年、危ないから早く逃げて。」という2人に向かって湊音は応えた。
「いえ、俺も戦います。」
そして空中から剣を手にとって、ボタンを押しながら叫んだ。
「スタイルチェンジ!」
彼の身体が光に包まれる。
数秒後にはマントを羽織った剣士の姿がそこにあった。
「新しい戦士の誕生だね。」、とセイちゃん。
「魔法少女って私たちだけじゃなかったの?」というほのかに対してセイちゃんが詳しく説明する。
「戦士は君たちの他にもたくさんいる。心の中のヒーロー像が現実になるんだからそれは魔法少女だけに限定されないよ。うちらは人々の幸福を守るそのような戦士のことをまとめてディーグリュックって呼んでるの。」
そんな話をしているうちに不幸の残骸が成虫になって、こちらに向かってくる。
湊音は剣の鞘を抜いて素早い動きでそれを切りつけた。
不幸の残骸が地面に倒れこむ。
「マジカルツインレインボー!」
ほのかと恵理の2人の必殺技により不幸の残骸は光となって消え去った。
3人は外の世界に出ると変身を解除した。
そしてしばらく黙ってお互いを見つめ合う...