・幸福を求めて

 

この世には2種類の人間が存在する。

 

幸福な人間と不幸な人間。

 

希望が叶った人間とそうではなかった人間の間には雲泥の差がある。

 

ある人の幸福というのはその他大勢の大衆の不幸の上に成り立っているのだ。

 

「はぁぁ。またやっちゃった... どうしてこうなっちゃうんだろう。」

 

望月湊音は肩を落としながら暗くなった帰り道を歩いていた。

 

体育のバスケの時間、またチームの足を引っ張ってしまった。

 

「あいつ、本当に使えないな。」、心の中のみんなの声が聞こえる。

 

直接その言葉を言われた訳ではないけれど、本心ではそう思っているのがわかる。

 

自分では頑張っているつもりだけど、いつも上手く行かないんだ...

 

こんなに苦しい人生がこれからもずっと続くのか、そう思うと空虚な気持ちになる。

 

「もっと楽しい人生を送りたかったなぁ。」

 

そう思った時、ふと声をかけられた。

 

「幸せになりたくはないかい?」

 

ハッとして後ろを振り向く。

 

しかし、そこには曇った空気が広がっているだけだった。

 

「こっちだよ。こっち。」

 

上に方から声が反響する。

 

慌てて空を見上げると青年が空に浮かんでいる。

 

スラリとした身体に整った顔立ち。

 

背が高く、透き通った澄んだ瞳でこちらを見つめている。

 

湊音が驚いていると青年は言った。

 

「幸せになりたくはないかい? ぼくなら君を幸せにできる。」

 

「何なんだよ、一体。 君は何者? 俺をどうやって幸せにすると言うんだい?」、湊音はしどろもどろになりながらもどうにか言葉を発した。

 

「ぼくはファンタジーの世界から飛び出してきた存在、イデア。君をどうやって幸せにするかって?簡単さ、他人の幸福を奪えば良い。」

 

「そんなこと言ったって...」という湊音に青年は続けて言った。

 

「君はこのままで良いのかい?一生幸せになれなくても後悔しない?」

 

「それは ...」と言葉に詰まる湊音にイデアは更に畳み掛ける。

 

「ぼくも自らの望みを叶えるために幸福を集めている。一緒に幸福を集めて幸せにならないかい?」

 

「そんなこと言ったて。人の幸せを奪うなんて俺には 」、そう言いかけた湊音にイデアは杖を渡した。

 

そして自身も杖を手に取った。

 

その時、彼らの目の前に手を繋いだカップルが通りかかった。

 

「丁度良いや。」、そう言うとイデアはカップルの胸の当たりに杖で円を描いた。

 

彼らの身体に丸い穴があく。

 

「さあ、行くよ。」、そう言うとイデアは湊音と一緒にその穴の中に飛び込んだ。

 

「ここはどこ?」と湊音。

 

「ここは人間の心の中だよ。醜いほどの幸福だねぇ。」とイデア。

 

なるほど、確かに周りは黄金のように輝いている。

 

奥の方から天使のような姿をした天使のような生き物がわんさか出てくる。

 

それは可愛らしげな姿をしていた。

 

イデアが、天使のような生き物を次々と蹴り飛ばす。

 

「ちょっと。何して」、そう言いかけた湊音にイデアは何食わぬ顔で言う。

 

「この天使の様な生き物は人間の心を守っている精霊さ。彼らを倒さないことには幸せを奪えない。」

 

「でも、可哀そうだよ...」と湊音。

 

「フフ。可哀そうか。君は本当に甘いねぇ。例えば、医者になりたいという人がいるとするでしょ。でも、実際に医者になることが出来る人はごくわずか。医者になれない多くの人たちがいるおかげで医者という職業が初めて価値あるものとして認識されるわけ。だれでもなれるようじゃ魅力がない。つまり、幸せは不幸の上にしか成り立たないんだよ。」

 

そう言うと杖の先を黄金に輝いている光に突き立てた。

 

輝いている光が杖に吸い取られていく。

 

光を吸い取り終わってから、2人は入ってきた穴を使って外に出た。

 

「まぁそこそこの収穫かな。」、そう言ってイデアは杖の先を湊音の胸にあてた。

 

光が湊音の胸に注がれていく。

 

「せっかくだから君にも幸福を少し分けてあげるよ。」

 

しかし、次の瞬間、湊音は自分の持っている杖を自分の体に当て幸福を吸い上げると、それを先程のカップルのもとに戻した。

 

「あぁ。何てことをするんだ。せっかくぼくが幸福を分け与えてあげたのに。」

 

湊音は手を握りしめながら言った。

 

「他人の幸福を奪って幸せになるなんて、やっぱり俺にはできない...」

 

そして家に向かって全力で駆け出した。