気がつくと私は算数の授業を受けている途中だった。
見慣れた光景である筈の教室が新鮮に感じた。
どうやらミラクルトウェルブの世界から無事帰って来たらしい。
しかし、何故今授業を受けているのだろう。
向こうの世界とここの世界の時間軸が良くわからない。
頭が混乱していて授業にあまり身が入らなかったが、何とか無事に終えることが出来た。
チャイムがなって休憩時間になったので私の隣の席の高橋君に聞いた。
「今何時間目だっけ?」
「何時間目って、5時間目だよ。」
私は思わず「とすると1~4時間目はどうしてたんだろ。」と呟いた。
高橋君は少し怪訝そうな顔をして「え?綺崎さんずっと学校にいたけど。疲れてるんじゃない?」と言った。
確かに向こうの世界で変なことが続いたため疲れてはいたが、給食も含め1~4時間目の間自分がどうしていたのか記憶がないことは確かだ。
6時間目の音楽の授業を終えて帰宅すると、私はお母さんにここ2、3日私に何か変化はなかったかと聞いてみた。
だが、やはり「いつも通りの生活をしていて特に変わった事はなかった」と言われただけだった。
私はその日久しぶりにピアノの練習をした。
向こうの世界に数日間いたから指がなまってしまったのではないかと心配していたが、そんなことはなく寧ろ前より上達しているのではないかとも思えた。
そんなことがあるのだろうか。
数日練習をサボると本来の調子を取り戻すのに時間がかかることの方が多いと思うのだが笑
私は元の世界に帰ってきてから日常生活の中でそのような違和感を度々感じる場面に遭遇したが、日が経つに連れてそれは次第に薄れていった。
現在の世界にいた時の感覚を完全に思い出し、ミラクルトウェルブの世界のことなど忘れていた頃、学校で変な噂が広がるようになった。
学校のトイレの鏡には化け物が住んでいて、その姿を見てしまったものは3日以内に命を失ってしまうのだという。
以前の私だったら、そんな話は全く信じなかっただろう。
だが、ミラクルトウェルブの世界で通常では起こり得ないような経験をして、私はそのような現象が絶対に起こらないとは言えないと思い始めていた。
私は何故かそのことが無性に気になり出して、心霊現象やそれに近い物に興味を示す多くのクラスメート達と同じように実際に鏡の中に化け物がいるのかどうか確かめにいくことにした。
その化け物が出現する時間帯は特に決まっている訳ではないが、放課後に姿を見せることが多いと聞いていたので、私は授業が終わってトイレによるついでに鏡の中を覗いて見ることにした。
「なぁんだ。何もいないじゃないか。」
最初はそう思った。しかし、目を凝らすと鏡の中の紫がかった何かが視界に移った。
良く見ると、その物体は私が別世界で倒した敵、シサーガと同じ形をしていた。
私は思わず後ずさりして、誰かにぶつかった。
慌てて謝る。「ごめんなさい。」
私にぶつかった人が言う。
見覚えがなかったことから恐らく上級生だと思われる。
上級生用のトイレが上の階にあるにも関わらずわざわざここのトイレを使っていることに少し違和感を感じた。
その人は続けて「あたし、急いでるから。とっととどいてくれない。」とぶっきらぼうに言って、トイレから出て行った。
「感じ悪い人だなぁ。」と思った。
後にその人と深く関わっていくことになろうとは、この時には思いもしなかった。