先だって、監訳し解説を書いた本が発売されました。アダム・グラント『ORIGINALS:誰もが「人と違うこと」ができる時代』(三笠書房)であります。

これがそれ。

出版社から翻訳や解説の依頼をしばしばいただくのですが、僕の仕事、とりわけ書く仕事はノリがすべて。自然にノッてやれる仕事でないと結局のところうまくいかないので、この手のお仕事は慎重にお引き受けすることにしております。


その点、著者のグラントさんの本は間違いございません。単純に内容がイイ。

グラントの本は前作『GIVE AND TAKE』に続き2冊目。著者は組織心理学の若き碩学でありますがアカデミックな研究成果をわりとしみじみと語りかけてくる芸風でありまして、その恬淡かつ上品かつ論理的にソリッドなところが実にイイと思っているわけです。

アダム・グラントその人がタイトル通りオリジナルな人であります。この本で展開されている思考と議論はオリジナリティに満ちているのですが、彼のどこがオリジナルなのか。それは徹頭徹尾「当たり前のこと」しか言わないということにあります。


次から次へと世に送り出されるビジネス書は、手っ取り早く読者の注意を惹こうとするような刺激的で突飛な言説に溢れています。
「これからはこれだ!」や「これまでのやり方は通用しない!」や「乗り遅れるな!」や「○○の力!」や「大切なことはすべて○○で学んだ!」や「○○が9割!」や「Brexit!]を前面に出しがちなんですね、これが。ところが、この本の議論にはその手の「インスタントな刺激」がまるでない。言われてみれば当たり前のことばかり。ここにこそアダム・グラントの美点があり、オリジナリティがあるとうのが僕の見解です。

一見すると「当たり前」と「オリジナリティ」はつながらない。つながらないどころか、大きな隔たりがある。隔たりがあるどころか、正反対を向いているように聞こえる。しかし、考えてみてください。議論の対象になっているのは、所詮われわれフツーの人間の営みであります。人と人の世の営為に限っていえば、「日の下に新しいものなし」。人間の本性と人間社会の本質は今も昔もこれからも変わりません(向こう1000年ぐらいは絶対に変わらない)。変わらない本性や本質と正面から向き合ってはじめて、人間についての深い洞察が得られるのだと思います。


前作と同様に、本書の議論のスタイルはわりと「科学的」。心理学者である著者は科学的な発見事実に基づいてじっくりと話を進めていきます。科学的ではありますが、これにしても人間についての行動科学でございます。自然科学ではない。自然科学であれば、相対性理論や量子力学、近いところではiPS細胞のように、それまでの知識を全面的に塗り替えるような大発見が(ごくまれにだが)生まれたりもしますが、人と人の世については「世紀の大発見」はあり得ないわけです。どんなに価値ある知見でも「言われてみれば当たり前」。むしろ、大切なことほど「言われてみれば当たり前」という面があるのでは。


ただし、です。この「言われてみれば……」というところに大きな価値があるんですね、これが。「言われてみれば当たり前」ということは「言われるまで分からない」ということ。「当たり前」の向こう側にある真実を頑健で鋭い論理を重ねて突き詰め、無意識のうちに見過ごされている人間と社会の本質を浮き彫りにする。そこにこの本の本領があります。


ということで、電通の安田部長、いかがでしょうか。